小説 川崎サイト

 

鳥打ち帽の男

川崎ゆきお



 いつもの人がいつものようにいる。知り合いでも何でもない。高田はその距離感が好きだ。それは人付き合いが苦手なためだろう。
 セルフサービスの喫茶店で、高田はトレイにコーヒーカップ、これは結構重い。それと灰皿。これは樹脂製なので重くはないが、色が真っ黒なので重く感じる。紙コップに水を注ぐ。こちらのほうが灰皿よりも重い。いうも乗せるものを乗せ終え、テーブルへ向かうとき、いつもの人がトレイを戻しに来るところとぶつかった。衝突したわけではない。お互いに目はある。
「こんな人だったのか」
 その珈琲屋は広い。端から端までなら小さなテーブルが十個ほどある。そのいつもの人はいつも端にいた。いつも誰かと一緒だ。常に二人客で来ている。高田も端に座っているので、最長距離になる。そして、視力が落ちているので、はっきりと顔を見ていない。それでもどんな顔なのかと聞かれれば言える。その片方の相棒と接触したのだ。至近距離で。
 そこで「こんな顔だったのか」と改めて分かった。アップで見たためだ。結構な年寄りで、皺が多い。若い人でも皺の多い人もいるが、そういう皺ではなく、皮膚そのものが皺なのだ。生地そのものが皺加工されているように。だから皺ではなく、生地なのだ。表情により皺が出るが、何もしていなくても小皺は出る。その小皺が深いのだろう。傷のように見える。猫に引っかかれたように。
 高田のトレイと老人のトレイがぶつかったわけではないが、ちょっとしたニアミスとなった。老人は軽く会釈した。高田も軽く返した。すると、老人は顔に表情が出た。皺がさらに出た。
「アップだと、こんな感じの人だったのか」
 最初、この老人を高田はなかなか認識出来なかった。知っている顔なのだが、どういう客なのか。つまり、この喫茶店で何処に座りり、何をしている人なのかを。
 それはいつも二人で来ているため、ピンとこなかったのだ。その日は一人だった。そして、いつもより早く出るところだった。いつもなら高田より早く来ており、高田が出る頃も、二人はいた。その片割れ、相棒が来なかったので、その日は早く出たのだろうか。他に用がないので。
 一人客として喫茶店でやることがないのだ。その老人の相棒の顔を高田は思い出そうとした。これはコンビなので、二人揃わないと思い出せない。分かっているのは片方は鳥打ち帽を年中被っていることだ。先ほどの老人は無帽。そのため、鳥打ち帽が来なかったことになる。何か事情ができたのだろう。高田が知る限り、ほぼ毎日来ている。週に一度か二度、見ない日もあるが。そのときは両方ともいない。
 さて、鳥打ち帽の男だ。この人も老人と同年代と思われる。
「顔が出てこない」
 いつもテーブル十個分先の顔なので、よく見えないこともあるし、また見る必要もない。ただ、その二人も、高田がいつも反対側の隅に座っていることを認識しているはずだ。高田が、この二人を知っているように。ああ、また来ているな程度のものだが、そういう客は複数いる。そして関係することはない。ただ、レジ前が狭く、少し避けないとすれ違い損ねると、トレイなどがぶつかる。接触があるとすれば、この場所だ。クロスする場所だ。
 そして皺の多いこの老人と接触する機会がなかったのは、滞在時間の問題だ。すれ違わないのだ。ところが鳥打ち帽の男の不在で、早くこの老人はトレイを運んで来たのだ。帰るのだ。
 鳥打ち帽に何があったのかだ。
 非常に軽い関係と言うより、関係さえしていない関係だが、互いに認識はしているはずの関係だ。いつもよく見かける人として。これは遠い。人間関係図には入らない。円周の外の人だろう。
 高田は、明日鳥打ち帽が来ているかどうかを確認するつもりだ。しかし、覚えていればの話だが。
 
   了



2014年9月20日

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