小説 川崎サイト

 

二枚座布団

川崎ゆきお



「昨日は何だったかなあ」
「昨日、何かありましたか」
「昨日はどんな日だったのか?」
「昨日は晴れていましたが、秋晴れです」
「ああ、そうだったねえ」
「それが何か」
「それじゃなく、昨日何をしていたのかなあ……と思い出していたんだが、思い出せん」
「じゃ、昨日の分、記憶喪失ですか」
「いや、晴れていたと言われれば、確かにそうだ。晴れていたよ。それは思い出せた。そういうどうでもいいことじゃなく、何をしていたのかだ。つまり、有為なことだ。どんな用事や、仕事をしていたかだ」
「ああ、そういう意味ですか」
「思い出せんと言うことは、大したことはしていなかったんだろうねえ」
「でも、よくお仕事されていますよ」
「特に仕事というようなものじゃない。価値は低い」
「いえいえ」
「いつもの仕事をいつものようにする。殆ど記憶に残らないよ。三日前の仕事も、三年前の仕事も同じだ。同じ事をただ繰り返しているだけ。それじゃ、何か仕事をしたという充実感がない。昨日もそれで無駄に過ごしたような気がしてねえ」
「いえいえ、そういう蓄積が大事なんじゃないですか。一日一日は大したことなくても」
「やはり、大したことないんだ」
「いえいえ、一日一番、一番一番大切に、毎日しっかりと仕事をこなす。これだけでも大変です」
「相撲取りのようなことを言うねえ。慣れれば、どうってことはないよ。何もしていないように思えて仕方がない」
「そのうち成果が出ます」
「何十年前にもそう言われたが、何も出ん」
「明日、出るかもしれませんよ」
「いや、何も出ないまま終わっている人を多く見ておる」
「しかし、続けられることが大事だと」
「継続は力なりというのは嘘だね」
「そうなんですか」
「長く続けている人なんていくらでもいるだろ。勝負はそこじゃないんだ。飛び抜けた何かがないとね。ただ、昨日やったので、今日もできる。続けることはできる。続けるための力にはなるが、それは内側でのことで、外に対しては、そんな力はない。だから、私だけに役立つ力なんだろうけど、それを力だとは思っていない。力まなくてもできるからね。むしろ何も考えていないのに近い」
「はい」
「そうだろ、君が見ていても分かるだろ。毎日毎日同じ事の繰り返し、凡々たるものだよ。こんなこと、誰にでもできる」
「いえいえ」
「それで仕事がなくなれば、そこで消えていく。スーとね。まあ、大した存在感はないのだから、誰も消えたことに気付かなかったりするし、困る人もいない。」
「また、そんな暗い話を」
「まあ、それでも幸せな方かもしれない。こうして毎日毎日仕事ができるんだから」
「そうですよ。仕事がなくて、困っている人も多いんですから。長く続けられるだけでも御の字です」
「御の字か、どんな字だ」
「さあ、それは知りませんが」
「御が頭に来るほどありがたいと言うことだ」
「お有り難うございましたも」
「それは重ねすぎだ。座布団を二枚敷いている人はいないだろ」
「僕、敷いています。部屋のソファーの上に」
「客には二枚重ねて出さんだろ」
「さすがにそれは」
「まあ、そんな和室に客を呼ぶようなことはないし、そんな人も来ないがね。宴会なんかで、座布団が積まれておって、客が勝手にそれを使うときは、座布団を勧めたりするねえ。しかし二枚はやり過ぎだろ」
「はいはい」
「さあ、今日の仕事も、そろそろ終わりだ」
「はい、お疲れ様」
「しかし、今日、何をしたのか、明日になると忘れているだろうねえ」
「またまた」
「しかし、君と座布団の話をしたことは覚えているだろうよ」
「あ、はい」
 
   了


 


2014年9月29日

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