小説 川崎サイト

 

新興住宅領

川崎ゆきお



 台風一過ではないが、台風崩れの低気圧が去った朝、秋晴れが戻っていた。しかし、秋口、急に寒くなった頃と違い、夏のように暑い。合田はジャンパーを引っ掛けないで家を出た。半袖のワイシャツでもいいほどだ。こういう季節の戻りは長年経験済みなので、特に驚くようなことではない。季節は行きつ戻りつだ。
 家を出た合田だが、特に行く場所はない。目的はなく、しいて言えば散策だが、近所はもう物珍しい場所など残っていない。そういうときは神社や祠などを巡回するのだが、それにも飽きた。いつ行っても同じ顔しかそこにはない。実際には秋が深まれば境内の色目も違ってくるのだが、その変化にも見飽きたのだろう。
 いっそのこと、平凡で由緒も何もなく、神秘も深みもない新興住宅地にでも入り込んでやれと、半ばやけくそになり、そちらへ向かった。といっても、合田の家の近くは殆どそんな場所なので、向かうも何もない。普通に歩いていれば、そんな風景は嫌でも目に入る。
 古く味のあった木造家屋も建て替えられ、風情も何もないが、最近は欧米の家を模したような洋風住宅が目立つ。やはり、家を建てたり買う人も、少し変化のある、それなりにモダンな家に住みたいのだろう。それで、その通りは外国にいるような雰囲気がする。ただ、普通の瓦葺き二階屋も残っているので、欧米の町にはならない。
 合田は欧米へ行ったことはない。昔の言い方なら西洋で、白人の住む国々だ。舶来ものの時計などがあった。この場合、海を船で渡って来たが、唐や天竺ではない。ただ、古い時代でもオランダやポルトガルから、いろいろな舶来品は来ていただろう。当時なら貿易ではなく、交易だろうか。貿易になってから舶来品と言いだしたのかもしれない。南蛮渡来の品などとも言う。
 ただ、合田の思っている欧米はイメージの中の世界で、洋風な新築住宅も、日本人に分かりやすいく設計されたものだろう。
「窓があっても庇がない」
 ビルのように真っ直ぐ伸びた三階建てには窓はあるが、その上に庇がないのだ。これで安く上がるのかもしれない。そしてあまりデコボコさせないのが流行なのかと、合田は建ったばかりの家を見ている。
「庭がない」
 狭い土地にできるだけ大きな家を建てようとしたため、庭がないのだ。あるにはあるが、それは車を止めるスペースとなっている。車さえなければ庭になるのだが、そうはいかないのだろう。
 この辺りの家の自動車は殆ど軽で、乗っているのは主婦が多い。駅が近く、勤め人の亭主は普段の足として使う機会がないのだろう。殆どが買い物用や、子供の送り迎え用だろうか。
 軽にしたことで、庭が少しだけできる。その横に自転車も止められる。果たしてこれが欧米風住宅だろうか。土地の面積がそもそも違うのではないか。
 と、合田はケチを付けながら、歩いている。
 やはり、散策場所がないからといって、こういう新しい家が並んでいる通りは落ち着かない。
 しかし、一番多い近場の風景なので、それを領地にすれば、結構楽しめる。うらぶれたものや、古くさいものに憩いを感じていたのだが、それではネタ切れだ。
 そこで合田は住宅や、建築関係の情報を集めることにした。建売住宅の見学会もあるし、パンフレットはいくらでも手に入る。それらを熟読し、研究すれば、今風な家に詳しくなり、いろいろと見所が増える。
 楽しむためには、多少の学習も必要なのだ。
 町の探索にこなれた合田は普通の住宅地を我が領土にした。ただし、立ち止まらないことも忘れずに。
 
   了


 


 


2014年9月30日

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