小説 川崎サイト

 

連続性

川崎ゆきお



「日々思うことがある」
「はい」
「それは昔から思い続けておる」
「昔から気になることがあるのですか」
「いや、一つのことではない。いろいろだ」
「はい」
「昔、思ったことも忘れてはいないのだが、殆ど忘れている」
「何を思われるのですか」
「ああ、いろいろだ」
「はい」
「思ってる自分は同じなので、思い続けておるのだろうなあ」
「あ、はい。意識がある間は、いろいろと思うところのものがあるでしょう」
「そのねえ」
「はい」
「連続して思い続けている私は、それがあるから私なのではないかと思うんだ」
「思いが重なりますが」
「重湯のようにね」
「あああ、はいはい」
「過去を忘れると、私じゃなくなるのかというと、そうでもないが、過去の記憶があるから、私の今が何となくあることが分かる」
「でも、記憶喪失した人はどうなります」
「それは忘れただけで、思い出せるかもしれん。その瞬間言葉も忘れてはいないし、ご飯の食べ方も忘れてはいないだろう。男か女なのかも思い出さなくても分かっておる」
「じゃ、一部記憶喪失なんですね」
「自分の名前を忘れても、自分が自分であることは知っておる」
「僕は自分の名前を漢字で書くとき、分からなくなりました」
「ほう」
「長く手書きで書いていなかったので、漢字をかなり忘れてます。読めますが、書けません。それで、自分の名前も」
「ほう」
「でも続けて一気に書けば書けるのです」
「うむ」
「ところが、一字だけになると、どんどん不安になってきて、こういう字だったかなと……」
「一字じゃなく、連続してなら書けるというのがミソだな」
「はい」
「まあ、使わない記憶は忘れやすいと言うことだ」
「はい」
「それよりも、私は小さい頃からずっと思い続けている。それは連続している。ずっと起きておるわけじゃないから、そこで途切れるがね。だから、ずっと自分をやっておるということだ。この自分で世間に出て、考え、思い。動き、等々な。操縦しておるのは自分だ。だから、私には連続性がある」
「そうですねえ」
「いや、それだけの話だが、今日もその自分をやっておるのだなあと、最近つくづく思う」
「自分について、自分で思うわけですね」
「そうだね」
「さらに、またそれを包むような自分が、また思うとか」
「ああ、それが一本線で、多少は分裂するが、人生は一回きりだよ。だから連続性がある」
「もし連続性がなかったら?」
「納得できんだろ。いきなり年寄りになっているんだからね」
「はい」
「まあ、何でもない話だよ。特に言う必要はなかったがね」
「はい」
 
   了





2014年10月10日

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