変身
川崎ゆきお
「虫の夢を見ましたよ」
「ほう」
「最初蟻なんです。蟻が沢山いる」
「はい」
「寝床ですよ。布団の中じゃなく、畳の上です。蒲団と畳との接点のようなところです。そこにスタンドとかティッシュの箱とか、お茶を入れた魔法瓶やお盆なども置いています。夜中喉が乾いたり、嫌な気分で起きてきたり、体調が悪いとき、すぐに飲めるようにね。この場合お茶じゃなく水が良いんですが、それでは味気ない。それに水は体調が悪くて、急に目が覚めたとき用だが、これは滅多にない。だからお茶です。できれば少し甘味のあるものがいい。玄米茶なら、少し甘味があるんです。それで……」
「虫はどうなりましたかな」
「ああ、虫ですねえ。まあ、それは見た夢だから、お茶にするか水にするかに比べれば、大した話じゃない。実用性も何もない」
「虫の話を」
「はいはい。虫は最初蟻なんです。敷き布団の端にいましたので、少しめくりました」
「蒲団の下が蟻の巣のようになっていたのですかな」
「それなら驚きません。いやいや驚きますが、ただの蟻の話です。しかしそれが違うんです」
「どのように」
「蟻の中に大きなのがいるんです。女王蟻かもしれません。ただですよ。ちょと蒲団を軽くめくっただけの、浅いところにいる。蒲団の下は畳ですよ。万年床だが万年も敷いていない。そんなところに巣など作りますかね。ああ、これは夢だとすぐに分かったのですが、その大きい目の蟻が結構混ざっているんですよ。そして見ているとどんどん大きいのが増えてくる。普通の蟻が見えなくなるほど、大きいのばかり」
「女王蟻ばかりになったのですかな」
「少し大きいので、つぶせない。畳も蒲団も汚れるし、それに気味が悪い。普通の蟻ならつぶせるが、こう大きいと駄目だ」
「はい」
「しかし、私、女王蟻なんて見たことがない。だのによく分かったと思いますよ。結構グロテスクです。だから、夢の中の女王蟻なので、違うものを見ていたのかもしれませんねえ。しかし、女王蟻が増える前は普通のよく見かける蟻がびっしりといたんです。だから、この大きい目のは女王蟻だと思うのは当然でしょ。夢の中でもそう思いました」
「それで」
「ここからです。変身は」
「はい」
「その女王蟻の中で、さらに大きくなっていくものがあるのです。足が長く、お腹も大きい。もう蜘蛛のようなものですよ」
「蟻と蜘蛛とでは違うでしょ」
「蟋蟀です」
「コオロギですか」
「はい、蟋蟀の小さいやつに変身していたのです。これはもうつぶせません。その中に螻蛄も混じっていました。赤みのある」
「オケラですか」
「これは退治が大変だなあと思いましたが、それ以上に気味が悪い。蟋蟀より螻蛄が駄目です。あれは生々しい。頭はエビガニのようですしね。腹もぷよぷよで」
「長く見てませんなあ。螻蛄も蟋蟀も」
「普通はねえ、縁の下にいるんです。たまに出て来る程度です。夜中鳴いていますよ。どんな美女が奏でているのかと思うと、螻蛄なんですよね」
「オケラなぜ泣くあんよが寒いって唄ありましたねえ。それで、夢はどうなりました」
「螻蛄で終わりです。蟻が最後は螻蛄に変身したところで、それで目が覚めました。気持ち悪かったのでしょうねえ。すぐに蒲団の横にある魔法瓶のお茶を飲みました。こういうときはやはり水が良いんだけどねえ。熱いお茶だと気付けの一杯にはならない。ぐっと冷たい水を飲みたかったです」
「その夢で、何か他に感じられたことはありますかな」
「はい、目覚めたので夢も覚めましたが、あのまま寝ていれば」
「眠り続けていたら?」
「もっと変身が始まり、螻蛄からさらに」
「はいはい、もう少し大きなものに」
「そうです、そして」
「最後は」
「はい、ご想像に任せます。それはもう一匹と言うより、一人と数えた方がよろしいかと」
「よかったですなあ、目覚めて」
「おかげさんで」
了
2014年10月11日