小説 川崎サイト

 

短縮キー

川崎ゆきお



 朝、田中はブログの日誌を書き、投稿した。次に昨日写した写真を添えるため、写真を選び、その写真をブログ写真というフォルダにコピーしようとした。これは写真アルバムのフォルダではなく、ブログにその日、送る写真だけの一時保存場所だ。
 写真をブログに載せるとき、参照というボタンがある。それを押すといつものブログ写真というフォルダが最初に表示されるので、そんな癖が付いてしまった。それに一時保存場所なので、写真は一枚しかない。送れば削除している。
 それで、写真アルバムからその一枚を選び、キーボードの短縮キーでコピーした。これは二つのキーを同時に押すとコピーされる仕掛けだ。コントロールキーとCというキーで、CはコピーのCなので、覚えやすかった。
 そしてブログ写真フォルダへ移動し、吐き出す。このときの短縮キーがコントロールとVだ。Vは何の略かは分からないが、意味はないのだろう。キーボードの並びを見ているとCの横にVがある。だから、一連の動作がやりやすいように右横のVがペーストキーに割り当てられているのだろう。
 田中はブログ写真フォルダーへいき、その写真を吐き出した。しかし、吐けない。ペーストされない。これはコピーするとき、短縮キーを強く押さなかったのではないかと思い、やり直すことにした。
 しかし、ペーストされない。こんなことは初めてだ。何かいつもと違う。コピーができないのだ。その動作を三回ほど繰り返すが、やはりできない。不思議に思い、田中は日誌に添えるその写真をもう一度確認した。小さな花に紋白蝶がとまり、蜜を吸っている。昨日写した写真だ。望遠のついているカメラではなく、小さなコンパクトカメラだったため、アップで撮れなかった。背景は小さな川で、その岸に家が並んでいる。普通の住宅だ。家はややぼけている。ピントが花に来ているためだ。コンパクトカメラでも結構ぼけるものだと感心したことを覚えている。
 この写真が原因ではないかと、田中はあらぬことを考えた。アップさせない、ブログで公開させない理由が、ここにあると。しかし花がクレームを言うわけがないし、チョウチョもそうだ。既に秋は深まっているが紋白蝶は結構遅くまで飛んでいる。これも異常ではない。後ろの住宅が三軒ほど見えているが、裏側に当たるのだろう。特に変わったものではない。少し古いが、昔からあるような家ではない。この小さな川縁は住宅地で、寺が少し先にある程度で、神社はかなり離れたところにある。神社などない町なのだ。だから、古くからあるような祠や古木、石仏のようなものもない。ブログにアップさせないようにしている何かがあるのなら、それは昔からの何かではなく、最近のものだろう。
 心当たりはないが、三軒の家の、一軒に何か訳ありがあるのかもしれない。悲惨な事件があったとか、昔エクソシストが来て娘に憑いている悪魔と戦ったとか。しかし写っているのはチョウチョと花で、家はぼけているだけ。
 しかし、そんなことはあり得ない。これはパソコンの故障かもしれない。だが、先程までブログの日誌をタイプしていたし、ネットも繋がっている。ブログ画面が出るのだから。
 キーボードの故障。
 田中はすぐにブログのテキスト欄でタイプした。やはりそうだ。反応がない。Cキーに何か引っかかっているのか、接触が悪いのかと思ったのだが、どのキーも反応しないのだ。
 こんなことは今までなかった。あるとすればUSBの線が外れていたりとかだ。
 そのとき、田中は気が付いた。電池切れなのだ。半年前、初めてワイヤレスのキーボードを買った。これを思い出したのだ。
 花もチョウチョも三軒の家も、何の問題もなかった。
 
   了
 


 


2014年10月18日

小説 川崎サイト