小説 川崎サイト

 

お達者で

川崎ゆきお



 世の中には達者な人がいる。元気な人が。ただ、これが老人になると、別の意味にもとれる。
「ここだけの話なので、言わないでくださいよ」
「はい」
 二人の老人が喫茶店で話している。ここが朝の集会場所になっており、ちょっとしたサークルで十人ほどいる。すべて同じ会社の退職者だ。OB会のようなものだろう。年齢制限はないが毎年退職者が出る。高齢で来られなくなる人も出る。その出入りで十人前後だろうか。
 いつも早く来て座っている平田老人は真面目な人だ。誰かが先に来ていないと、テーブルがふさがるためだ。多いときは十人近く集まるので。
 そこに新顔の竹中が来た。もし竹中が先なら、ひとりぼっちだ。そのため、平田老人が早く来て、先に場を作っているのだ。
 そこで、いきなり、ここだけの話を始めた。
「あの人は達者な人でねえ」
 ここで、達者が出る。
「元気な人だよ」
「知ってます」新人も知っているようだ。
「そうかい」
「会社の宴会なんかで、酔えばその話がよく出ましたよ。だから、私も知ってますよ。お達者なことが」
 達者に、お、が付くと、もう怪しい。
「そうなんだよ。朝の集まりでは、そんなこといっさい言わない人だけど、飲むと言い出すねえ。あれは何だろう」
「さあ」
「まあ、あの人はそういう人だから、それをちょっと耳に入れたかっただけだよ。知っているなら、それでいいけど」
「はい」
「車ですーと入っていけるところがあるだろ」
「はあ?」
「あの人、そこへ入ったらしいよ」
「その話は聞いていません」
「最近のことだから」
「最近って、かなりお年でしょ。あの人」
「だから、達者なんだ」
「はい」
「あそこは顔を見られないらしいよ」
「そうですねえ。それで誰と」
「決まってるよ」
「そっちの人ですね」
「駅裏の繁華街に喫茶店があったでしょ」
「何店もありましたよ」
「そういう喫茶店じゃなく、デート喫茶だよ」
「ああ、ありましたねえ。チラシが電柱に貼ってありましたよ。以前はノーパン喫茶がありましたねえ。あれは衛生上好ましくないですよ」
「よく覚えているじゃないか」
「いえいえ」
「あそこの喫茶店でお見合いするんだ」
「誰と」
「だから、お相手とだよ」
「はいはい」
「当然、店が準備した人でね。ガラス越しに待機している人が見えるんだ。それで指名する。すると、相手がテーブルに来る。そこで交渉だね」
「よくご存じで」
「聞いた話だよ。それも、あの人から」
「実は僕も行ったことがあるんです」
「そうなの」
「間違って」
「間違う訳ないだろ」
「本当に間違って。だから、コーヒーだけ飲んで帰りましたが、そのコーヒーがうまいんです」
「ほう」
「出会い喫茶、デート喫茶のコーヒーがうまいとは初耳だねえ」
「これは噂なんですが」
「え、どんな」
「だから、コーヒーのです」
「ああ」
「そのコーヒー、自販機のコーヒーなんですよ。だから、並の喫茶店のコーヒーよりうまいんだと」
「そうなの、その話は、もういいよ。あの人だよ」
「ああ、はい」
「あの人、そこでうまいこと行ったと言ってたねえ。それはもうかなり前の話だけど。当然すぐにつぶれたからねえ」
「そうですねえ」
「上手く行ったも何もないよ。金さえ出せば良いんだから」
「はい」
「えーと、なんだっけ」
「あの人、最近車ですーと入れるところへ行った話でしょ」
「そうそう。だから、相手はその種の人だと思うんだ」
「それは、あの人、言わないのですか」
「ああ、ほのめかすだけだよ。しかし、プロだろ」
「ホテトル、ホテヘル、デルヘル系じゃないですか」
「詳しいねえ」
「いえいえ」
「とにかくあのお年で達者な人なんだ。それを覚えておいてくれ」
「あ、はい」
「でも、元気ですねえ。まだあの人」
「困ったものだ」
「健康でいいじゃないですか」
「何が健康だ」
「いつまでもお達者で」
 
   了

 


2014年10月21日

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