黒マントの怪人
川崎ゆきお
「マントだよマント」
「佐伯さんが言うと、怪人のマントを連想します」
「インパネスとかね」
昔ながらの怪奇探偵小説を書いている佐伯だが、そんなものが売れるわけがない。しかも怪奇ゴシック小説の古典的描写だ。怪奇小説なのか、探偵小説なのかが曖昧だ。トリックがうまく機能せず、話が見えなくなったあたりで怪奇小説やホラー小説に切り替わるようだ。
「少し寒くなったでしょ。そのせいかもしれないけど、見かけたんだ。マントを」
「はい」
「中年近い女性だが、向こうから大きな膨らみが来るんだ。まるで帆船だ。膨らみが変化する。風でね。だから、小さな小舟だろう。ボート程度の帆船。その風でなびいているマントがいいんだなあ。股あたりまである。風呂敷を被っているようなものだが、あれはマントだ。昔はトンビって言ったやつだが、私から見るとコウモリだ」
「昔は、着物の上から羽織っていましたねえ。袖のないコートのようなもの。インパネスでしょ」
「インパネスにも長いタイプは袖があるんだ。だからマントとは違う。黄金バットや月光仮面が背中につけているやつだよ」
「どうして、あんな邪魔なのをつけているんでしょう。結構薄着なので、寒いのかしら」
「さらに昔は股旅物であるねえ。縞の合羽に三度笠ってね」
「合羽は、雨具ですか」
「まあ、関東なんかだと風が強いから防風機能もあったんだろうねえ。当然防寒用でもある。しかし、縞の合羽じゃ怪人はだめだ。インパネスは素人だ。マントになるとプロだよ。だから怪人はマントだ」
「胸までのマントのようなものを、女性がつけてますねえ」
「あれは、肩が冷えるんだろうねえ。ピッチャーでもないのに」
「それで」
「それでね、さっき見たマントの女性。あれをやりたい」
「佐伯先生がですか」
「そうだ」
「男性は無理ですよ。ただ、着物を着た場合は、いいんじゃないですか。初詣なんかで、和服の男性が着てますよ」
「黒いスーツの上からがいい」
「それは目立ちますよ」
「着ているものを見せないために、首から下まで全部隠せるマントがあるんだ。ファッションショーなんかで、着ているものを見せないようにね」
「それは薄いでしょ」
「そうなんだ。やはり生地はビロードだね。少し光沢があり、芝居の幕のようにね。幕は二枚あるんだ。錦の御旗のような刺繍のある緞帳じゃなく、内側の幕ね。緞帳は上からだが、内側の幕は横からだ。あれがいい。そしてマントは裏が赤で表が黒」
「無理ですよ先生、そんなもので、歩けないですよ」
「そうなると、帽子も必要だ。これは難しい。やはりそうなると、古典だね。怪人二十面相、アルセーヌルパン、あの円筒形の高いやつね。探偵なら鹿打ち帽だね。ホームズだよ」
「山高帽は手品師が被っているやつでしょ。あの中からハトが出てくる」
「あの空間はハトを隠すためのものじゃなく、背が高く見える」
「蒸れないように開けてあるんじゃないですか。髪の毛が崩れないように」
「ああ、そうかもしれんねえ」
「しかし、男性でマントは無理です」
「女性はいいのか」
「それも限られた人だけでしょ。やはり勇気がいるのかも。袖がないのですからね。小さいのならいいですが、足元までとなると、これはもう違います。それより先生、締め切りが近いので、いつもの怪奇探偵小説、よろしくお願いします」
「同人誌では気合いが入らないよ」
「原稿料は支払います」
「もっと有名になれば、黒いマントを着て歩けるだろうねえ。有名人ならいいだろ」
「そうです」
「しかし、同人誌じゃ、有名になれんだろ」
「いえいえ」
「だからネタもない」
「じゃ、その怪人マントの男で」
「ああ、それを書くか」
「変質者ものにしないでくださいよ」
「ああ、中はスーツだ。大丈夫」
「はい、よろしくお願いします」
了
2014年10月22日