小説 川崎サイト

 

日めくり

川崎ゆきお



「寒くなりましたなあ」
「立冬はもう過ぎたのかな」
「最近カレンダーを見ていないのでな」
「見ていない?」
「そう、見ていない」
「はい」
「ないから」
「昔はもらえましたよね」
「我が家では酒屋が持ってきた」
「月一枚タイプですね」
「そうそう」
「買えばいいじゃないですか」
「銀行でもらったのがあるけど、一枚で一年だ。これは小さくて見えないんだよ」
「はい」
「毎年正月の初詣に行ったとき、日めくりを買うんだ。大黒さんの絵が画かれたやつだ。あれを毎日めくっていたんだけど、今年は初詣は雨でねえ、それで買えなかった。二日目は晴れたんだが、やはり初詣は元旦だ。それをはずしたので、買えなかった」
「じゃ、初詣は行かなかったのですか」
「近所の神社へ二日目に行ったよ。しかし、これも初詣だが、週に何度か参ってるから、日常の中だよ。初詣はやっぱり縁日のように賑やかな神社でないとね。毎日行けるようなところじゃ、初詣らしさがない。初詣も仕舞い参りもない」
「はい」
「日めくり暦は剥がすと次の日が出る。その日の朝に剥がすから、昨日の分は破り捨てる。これが気持ちがいいんだ。昨日は終わり、さあ、今日だとね」
「アクションがあるのですね」
「そうそう、昨日を破り捨てる。これがいいんだ。そして、今日のを見ると、いろいろなことが書かれている。赤口とかね。子供の頃は、今日は赤くなる日なのかと思ったよ」
「全体を一度に見るより、カードのように一枚一枚見るのですね」
「昔は初詣の時、この日めくりと一緒に白い本があってねえ。高島観象暦だよ。今年の分がもっと細かく書かれている。しかし、あまり読まんので、日めくりだけにした。こっちにも似たようなことが書かれているからねえ」
「はい」
「だから、その日めくりを買っておけば、立冬もすぐに分かったんだ。めくると目に入るからね。銀行の一年物には書いていないし、あっても字が小さいし、張ってあるところまで行かないと見えない」
「でも、無料ですよね」
「それはいいんだが、毎年毎年日めくりを買い続けるとね、サイズがどんどん大きくなる」
「ありますねえ。視力検査の一番でかい文字のような」
「年をとると目が悪くなるから、柱に掛けているんだが、読めないことがあるんだ。だから、大きい目、大きい目となり、もう大黒柱の幅より広くなった」
「でも、毎朝剥がしているんでしょ」
「昼頃のこともあるし、忘れていることもある。すると三日分ほど剥がすことになるんだ。まあ、それはいいが、日めくりの夢を見てねえ」
「やはり、今年、買わなかったから、夢になって出たのですか」
「いや、もっと以前の話だ。剥がしても同じ日なんだ」
「え」
「だから、十一月一日が今日だとする。それを剥がすと十一月二日になるはずなのだが、同じだ」
「綴じミスじゃないのですか」
「その先をめくるとやはり十一月一日だ。進まない」
「夢ですよね。その話は」
「そうだよ。夢だけどね。それで最後までめくったのだが大晦日が出てこないで十一月一日ばかりだ」
「それは」
「先がないって夢なんだろうねえ」
「夢ですからねえ」
「そう、ただの夢だよ。そして、大黒さんの絵を見ると、笑っていない」
「怖い顔に?」
「いや、いつもは笑っている絵なんだけど、表情がないだけだ。素の顔かな」
「はあ」
「怖い顔じゃないけど、その方が怖い。それで、夢がさめた」
「先が見えないのが、日めくりカレンダーの良さですねえ」
「めくれば見えるけどね」
「はいはい」
「しかし、寒いねえ」
「もう冬が近いです」
「来年は日めくりを買う。元旦にね。でないとひと月以上立ってから買うと、ひと月気分ベリベリちぎらないといけないから」
「年末にも売ってますよ」
「ああ、そうだったねえ。しかし、私は元旦の初詣の時に露店で買わないと、気がすまないんだ」
「はいはい、お気に召すように」
 
   了
   

 


2014年10月23日

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