小説 川崎サイト

 

市場の怪

川崎ゆきお



 近所の子供がワープしたと言い出し、それが噂となり、好事家が聞きに行った。大の大人だが、好きなことでは年齢に関係がないのだろう。幸いその子は男の子だったので、公園で話を聞いた。
 その好事家はワープ体験とかとは別のことでも好事家で、本人もそれを自覚しているので、男の子でよかったとほっとしている。
 その子供の言うことには、近くに潰れた市場があり、そこがまるで洞窟のようなので、怖々ながらも入って行ったようだ。このあたりの年齢は好奇心が強いのだろう。
 その市場は好事家の田丸が子供の頃まではあった。だから、もう何十年も前の話で、誰もそこを市場だとは思っていないし、市場跡であることさえ忘れている。場所的に失敗したのだろうか。住宅地の中にできた公設市場だ。その当時、この種の市場が方々にできた時代で、当然スーパーができてからふつうの家に戻っている。
 この種の市場は住居を兼ねた棟割り長屋のようなもので、道を挟んで並んでいる。その道にアーケードをかけているだけだ。一階の表側に店。奥と二階は住居。そのため、店が潰れても、住処としては問題はない。老朽化しているが長屋なので、一軒だけ建て直すわけにはいかないので、そのままだ。長い食パンを切るようなものだ。
 その少年は、奥へ行き、行き止まりなので、戻ってきた。昼間でも暗い。当然シャッターや雨戸ばかりが並んでいる。足下も悪く、店の前にぼろぼろになった棚や、桶などがそのまま残っていたりする。また、既に引っ越して空き家になった店も多い。幅も狭くアーケードも二階の庇の高さまではない。まさに洞窟だ。
 少年は引き返したのだが、穴蔵を出ると、別の町になっていたらしい。それでワープしたと人に話した。
 田丸はすぐに謎を解明した。そんな大層なことではなく、少年時代、この市場で玩具や肌菓子や文房具をよく買いに来たので、市場の構造をよく知っているためだ。たとえ知らなくても、その前を通れば分かるだろう。
 つまりこの市場はふた筋ある。V字型となっているのだ。入り口は二つで、突き当たりは一つ。そのため、入り口が二つあるが、今ではその間に家が建ち、ペアで穴が開いているようには見えなくなっている。その子供はそれを知らなかっただけのことで、突き当たりで引き返すとき、もう一つの筋に入ってしまったのだ。出入り口は二つ、その距離は安っぽい家なら四軒ほど建つ。当然、当時はそこに店が並んでいたのだが、今は寿司屋が残っている程度だ。市場の事務所などもそこにあった。
 その子供は別の入り口から出たため、一瞬ここは何処かと思ったのだろう。といっても同じ町内で離れた場所ではないので、知っている場所のはず。しかし、いきなり暗い所から明るい所に出て、見たことのない角度から町並みを見たため、知らない町に見えたのだろう。しばらく歩いていると、見知った建物が見えたので、やっと頭の中の地図が戻ったようだ。知っている道なのに、知らないように見えたのだ。
 田丸はそのことを丁寧に説明してやると、子供は納得できたようだ。そして目を輝かせている。確認のため、もう一度入ってみたかったのだろう。
 二人の話が盛り上がっているとき、公園前に数人の主婦が立っている。田丸は一緒に洞窟探検に随行したいのだが、諦めるしかない。また、変な噂が立つためだ。
 田丸は昔の公設市場のことを、話伝えたかったのだが、それも諦めた。
 
   了
   

 


2014年10月30日

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