小説 川崎サイト

 

座敷狐

川崎ゆきお



「空いている部屋に出るんです」
 一人暮らしの老人が妖怪博士に相談している。ここまでは無料らしい。
「空いている部屋とは」
「本家なんですが、今は私独りで住んでいます。子や孫は独立して。まあ、私が死ねば、息子が継ぎますが、便利の悪いところなのでねえ」
「農家ですか」
「いや、元々は酒屋だったのが、質屋になり、そのまま続いたのですが今は廃業です」
「部屋数が多い大きな屋敷なんですね」
「そうです。家内は早く亡くなったので、今では一人暮らしにも慣れてしまいましたよ。外食が多いですがね。達者なうちは気ままな暮らしですよ。そこにです。出たんです」
「空いている部屋に出たのですかな」
「そうです。まあ、使っていない部屋の方が多いのですがね。私が子供の頃は茶の間だった部屋です。増築を重ねて、今は新しい部屋の方ばかり使ってます」
「新館と旧館のような感じですか」
「棟は繋がっているので、拡張しただけですよ。そちらの部屋にはエアコンがあるし、庭も見えるし、快適なんです」
「それよりも、出たのはいいのですが」
「よくないです」
「いえいえ、何が出たのかですかな」
「言いませんでしたか」
「はい、まだ」
「茶の間で家族がそろって食べているのです」
「はい」
「一人暮らしですよ」
「はい。だから、出たのですね」
「そうです。出たのです」
「出たのはいいのですが」
「よくないです」
「はいはい、何が出たのかです」
「家族がです」
「それは出たとは言わないでしょ」
「人じゃない」
「奥さんですか」
「家内の幽霊じゃありません。それに五人ほどいました」
「どこの家族ですかな」
「さあ」
「さあ、とは」
「だから人ではなくて」
「そこが核心箇所ですよ」
「はい」
「言いにくいことですかな」
「言えます」
「じゃ、どんな家族です」
「顔が人じゃない。動物」
「おお。そこに来ますか」
「狐か狸かは分かりません。それに、私、狐や狸、どんな顔なのか、しっかりとは知らないのです。犬のようにも見えました」
「それで、相談に来られたのですな。これは妖怪だと」
「他に言いようがない家族が、ご飯を食べているんです。一家団欒のように」
「何を食べてました」
「え」
「だから、どんなものを食べていました」
「茶碗を持って、箸で」
「それだけなら、ご飯だけを食べていたことになりますよ」
「はい」
「で、その家族、どんな配置でした。お膳を囲んでですか。テーブルですか」
「円陣を組んでました」
「ああ、車座ですな。花見のように」
「そうです」
「茶碗にご飯は入ってましたか」
「そこまでは見ていません」
「電気釜とか、おひつは」
「それも見ていません」
 まるで小演劇の舞台のようだ。
「顔は動物のようだとおっしゃいましたが、着ているものは覚えてられますかな」
「着物でした」
「それは、また古い。まあ、おそらく狐の仕業でしょ。和服時代の」
「そうなんですか」
「たびたび出るようなら、この御札を……」と言いかけて妖怪博士は、御札が切れていることに気付いた。
 そこで押入を開け、がらくたを入れた段ボールから狐の置物を取り出した。よくある瀬戸物のお稲荷さんだ。
「これをその部屋に置きなされ。どこでもよろしい」
「それで、出なくなりますか。しかし、同じ狐でしょ」
「はい、この狐が先に来ていると思い、別の狐は遠慮して来なくなります。先客順です」
「ほう」
「そういう仕来りなんです。ルールが」
「はい、試してみます」
 老人は大きな財布から札を取り出した。
「無料です。いいですよ。お爺さん」
「いえいえ、このお稲荷さんの代金です」
「ああ」
「実費別、言うじゃないですか」
 しかし、そのお稲荷さん、妖怪博士は拾ってきたものだ。
「そう言われるのなら」といいながら、お稲荷さんを拭き出した。かなり汚れている。
「そのままで結構です。その方が貫禄があって」
「ああ、はいはい」
 妖怪博士はその後、調査に出たときなど、こういう置物を持ち帰るよう心がけることにした。
 その老人は二度と来なかった。あれで、あの家族が出なくなったためだろうか。
 しかし、本当の家族、息子や孫の一家がたまに来ているのではないだろうか。できれば、うるさいので、来て欲しくないのかもしれない。
 
   了
   
   

 


2014年10月31日

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