小説 川崎サイト

 

癒しの教材

川崎ゆきお



「落ち着ける場所とか、憩えるときなどありますか」
「考えたことないですよ。いつも忙しくて」
「息抜きすることがあるでしょ」
「ああ、当然」
「そういうとき、どう、なされています」
「息を抜いてます」
「はあ」
「だから、息継ぎをしているだけで、それでいっぱいいっぱいで、他のことはしてません。呼吸を整えている感じです」
「ほう」
「それで、息が戻ったら、また作業に励みます」
「休憩とかは」
「昼は休みますよ。食べながらはやらない」
「そのあと、どうします。食後です」
「胃のため、じっとしています」
「ほう」
「血が胃に集中しますからねえ。他のことをすると、胃に行く血が減る。これでしんどい」
「ああ、そうですか。では、テレビを見るとか、体を使わないことならいいんでしょ」
「テレビを見るにも体力が必要です。感動したりすると、また血がそちらへ行きます。胃がお留守になる。運動しなくてもね」
「じゃ、穏やかな癒しの音楽ならいいでしょ」
「いや、あれも感情移入しますよ。興奮はしませんが、あんなものでは逆に癒されない。じっとしているのが、一番の癒しです」
「休めると言うことですか」
「そうです。まあ、ぼんやりとつまらんことを思ったりする程度です」
「その場合にも感情が動くでしょ」
「脳に血が行きますからねえ。だから興奮するようなことは考えないし、思わない。まあ、腹が膨らんだら、頭も働きませんから、ぼんやりしてますよ」
「癒しの療法があるのですが」
「何ですか」
「癒しの音楽や瞑想です」
「め、瞑想」
「しばし、自然と一体になります」
「それは疲れませんかね」
「だから、癒しなので、癒されるため、疲れはありません。むしろじっとしているのが苦痛なほどですよ」
「で、何をするのですかな」
「このCDを聞きながら、この香を焚き、楽な姿勢でじっとしているだけです。音楽は森の中です」
「妄想ですか」
「瞑想です」
「はあ」
「しばし我を忘れることもあります。無我の境地です。このときは気持ちがいい。自我がとれ、何かと一体になる」
「ああ、ありましたねえ。昔、そんなのが、いっぱい本を読みましたよ。しかし、そんなことをしなくても、じっとしていればいいんですよ」
「安くしておきます」
「このセットですか」
「はい、これは入門用ですので安いのです」
「次は」
「中級向けや、上級向けもあります」
「最上級向けは」
「それもあります」
「どんな内容です」
「音楽も、香も、座り方も、もう卒業した境地です」
「ああ、だから、今それをやってますよ」
「はい?」
「その最上級向け以上のものはないのですか」
「それは用意していません。そこまで達する人はいないので」
「あるでしょ。そのあとは、ふつうに寝ているだけでいいんじゃないですか」
「身も蓋もと言う言葉があります」
「はい分かりました」
 
   了
   
   
   

 


2014年11月3日

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