小説 川崎サイト

 

物思い

川崎ゆきお



 秋が深まっていた。村田は物思いに耽っていたが、去年の秋から耽りっぱなしだ。いや、さらにその前の年からだろう。そのため、今年の秋は、特にこだわらなくても、耽っている。
 特に心配事があるわけではない。きっとこの憂愁が気に入ったのだろう。年中なので、もうこなれた境地になっている。
「やはり、元気なことを考えないと、だめですよ。村田さん」
「だから、そういう時期はそんなことを考える元気がない」
「ああ、理屈だ」
「それでどうなります」
「ああ、先のことかね」
「その状態が続くと、予測される未来も分かるでしょ」
「物思いに耽っている方が平和でねえ。下手に動くと疲れるし、もう欲しいものもない。物思いに耽ることが今は幸せなんだ」
「何を思っているのですか」
「ああ、いろいろだね。あれも買おう、これも買おう。あそこへも行きたい、ちょっとがんばって新しい仕事もしたい、とかね」
「元気じゃないですか。それは」
「いや、元気なら実行していますよ」
「ああ、なるほど」
「これはねえ」
「はい」
「若い頃からそうだった。布団の中でいろいろ考えるのが好きでねえ。布団だから、そこは寝床だ。夢と変わらない。しかし、若い頃は物思いに耽りながら興奮して、起きあがったこともあるよ。実際にやってみようと思い立ってね。だから、物思いに耽るのも悪くはない。ただ、耽りすぎると、とんでもない夢を見てしまう」
「今は、どうなんですか」
「次は何をやろうかと考えているときが一番いいことが分かった。この範囲内なら安全だからね。それほど疲れない。しかしあまり騒々しすぎると、興奮してだめだから、ふんわりと思うだけにしているよ。その頃合いが難しい。特に実際に今すぐにでもできることだとね」
「妙な境地ですねえ、村田さん」
「この先のさらに先に仙境があるのかもしれんが、実際には下世話なことを考えているだけだから、仙境には至らない道だ」
「物思いに耽る状態は、止まっているわけですから。何処かで纏めて、結論を出し、実行に出ないとだめでしょ」
「まあまあ、夢想だけの楽しみもあるんだ。何が何でも実行しないといけないってものじゃないだろ」
「あ、はい」
 
   了
   

   
 

 


2014年11月5日

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