小説 川崎サイト

 

幽山寺へ行かなければ

川崎ゆきお


「怖い夢を見たよ。いやに生々しい、リアルだ。いや、これは違うかもしれない。やはり夢のような絵空事だよ。夢だから、そもそもが最初からリアルも何もないが」
「どんな夢ですか」
「幽山寺」
「お寺」
「ありそうな名だろ。実際にあるかもしれん」
「幽霊の寺ですか」
「猫の最後だ」
「飛びますねえ。猫とお寺」
「年取った野良猫は近所から姿を消す。何処へ消えたのかは分からない。全く見かけなくなる。それが野良猫の最後だ」
「象の墓場のようなものですか」
「だから、猫の墓場だ」
「それが幽山寺」
「夢の中ではね、そんな名前だ。漢字でどう書くのかは分からんが。そこを目指す」
「猫が」
「人だよ」
「ほう」
「夢の中での話だからね。そろそろ私も幽山寺へ行くときがきたと、歩き出すんだ。すると、次の町内にさしかかったとき、同じような人と出合った。一緒に行こうかと誘うと、足が悪いので、足手まといになるから遠慮しますと断られた。それに、こう言うの、知らない人と道行きするものじゃないのかもしれないと思い、一人で歩き出した。でもねえ、幽山寺って、何処にあるんだ」
「知りませんよ」
「私も知らない。ただ、歩き出した。次の町内、さらに次の町内。方角が間違ってりゃ、先へ先へ行っても無駄だけど、とりあえず浄土を目指した。日が落ちる方角だ。これはカンだ」
「一人姨捨山のようなものですか」
「爺さんも捨てられるさ。しかし、自主的、自発的にだ。まあ、猫と同じで、猫の墓場までの体力を残した状態で、旅立つんだろうねえ」
「戦艦大和が片道の燃料しか入れないで出撃したようなものですね」
「ああ、帰りはないが、行き着くまでにガス欠になっちゃまずい。それこそ野垂れ死に、行き倒れだ。そうじゃなく、幽山寺に入山しないといけない」
「何処にあるんです」
「知らない。そんな寺は近所にはないし、何処を探してもないかもしれない。歩いて行けない距離かもしれないしね」
「なぜ、幽山寺なんですか」
「知らない。ただ、幽山寺へ行かなければと思ったんだ」
「夢の中でしょ」
「そうじゃ」
「幽山寺は、何かの置き換えでしょ」
「そうだろうなあ。しかし、私には猫の墓場以外思いつかん。長年飼っていた猫が、年老いて消えたことがあった」
「はい」
「猫の最後はよく分からん。人目にふれぬ場所で、果てるとしても、それなら死骸が見つかるだろう。床下なら死骸だらけになるし、屋根裏なら、匂いで分かるだろ。だから」
「だから」
「この世にはないんだよ。猫の墓場も」
「ほう」
「あっち側への入り口を見つけて、入って行ったんだ」
「幽山寺もそんな感じだと」
「きっと、その入り口から入ると、幽山寺が現れる」
「で、夢ではどうなりました」
「かなり遠いところまで歩いていた。しかし、そんな入り口など見つからんので、引き返そうとしたが、帰り道が分からなくなった。これはいい案配になったと思ったよ。もしかして、あっち側へ入り込んだんじゃないかとね。しかし、幽山寺は出てこない」
「周囲の風景は?」
「知っているようで知らない町内だ。近くにこんな町はない」
「それは夜ですか、昼ですか」
「夢の中なのでな、印象がない。夜なのか昼なのかの。黄昏時かもしれなあ。日差しが眩しいとかはなかった」
「それでどうなりました」
「見知らぬ町内が延々と続いておる。果てがない。方角的には川に出たり、山沿いに出る。別の方角なら海に出る。しかし、ずっと住宅地の町並みが続いているんだ」
「それで」
「そこで覚めた」
「結末はないのですね」
「それで夢の中から持ち帰ったのが、幽山寺だ。そして、合い言葉は幽山寺に行かなければ……だ」
「まあ、夢ですからねえ、いい加減なものですよ」
「そうだね」
 
   了
   


   
 

 


2014年11月6日

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