小説 川崎サイト

 

冬の日の挨拶

川崎ゆきお


「寒くなってきましたなあ」
「この前もそう言ってましたが」
「その頃よりも一段と」
「そうですねえ、少し冷えますね。空気が完全に冬だ」
「そうでしょ。だから、この前の寒さとは違うんです。二段目です」
「三段目は」
「真冬。これは冬の底。これはまだしばらく先、だから、寒くなったなあと言うのはあと一回。都合三度までは言えるのです」
「しかし、今朝の冷え込み具合からいくと、これはもう完全に冬に入りました。それは認めましょう」
 その翌日
「寒いですなあ、今朝は」
「昨日も言ってましたよ」
「これは挨拶です」
「寒くなったは、あと一回でしょ。それを今言いましたよね」
「え」
「これで三度目です。だから、四度目はない」
「今のは違うのです」
「何が違うのですか」
「これは挨拶で、天気の話じゃないんじゃよ」
「紛らわしいです」
「これは枕ですよ」
「ほう」
「季語を先に言うようなものです」
「寒いというのは季語ですか。そのままじゃないですか」
「ああ、だから、枕詞です」
「違うと思いますが」
「まあ、だから挨拶だと言ってるじゃないですか。こんにちは、おはようと同じですよ。それよりも詳しく、具体的に述べているほどですぞ」
「はいはい」
「じゃ、これで」
 二人は別れた。特に、話すようなことはないのだ。だから、挨拶だけの関係。それが長く続いたので、挨拶にも飽きたのだろう。そのため、挨拶をいじってしまった。
 その翌日
「寒いですなあ」
 相手は、何か言おうとしていたが、何も出てこない。今度合えば言って返してやろうというのを用意していなかったためだ。
 そのため、無言だった。
 その翌日
「今朝は冷えますなあ、この冬一番」
「そうだねえ」
 と、憎々しげに返した。
 挨拶の話を挨拶のときにしない方がいいのだろう。挨拶がしにくくなる。
 その翌日
「今朝は寒いですなあ」と、今度は逆に先に言った。
 相手は、自分のせりふを先に言われたので、真っ白になった。
 挨拶は先制攻撃が効くようだ。
 それ以前に、この二人、仲がよくないのだろう。
 
   了
   
   
 

 


2014年11月7日

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