小説 川崎サイト

 

風邪の日の散歩

川崎ゆきお


 三村は風邪を引き、元気がない。それでもいつもの日程はこなしている。日常業務だ。大した仕事をしているわけではないので、少し休んでも問題はない。しかし、いつもの段取りで、いつものことをしていないと落ち着かない。散歩もそうだ。
 犬の散歩ではなく、自分自身が自分自身を散歩させるようなものだ。これは日課だ。
 まずは朝からそれに出た。犬を飼っていた時期があり、起きると朝一番で犬の催促で、散歩に出た。その癖が残っているのだろう。犬はもういないが。
 三十分ほどのコースだが、この道をあの犬と一緒に歩いていた頃を思い出す。犬が見つけだしたコースだ。そんなことはいつもなら思いもしないこと。もう忘れていたのだ。しかし今朝は違う。自分も犬のように散歩に出ているように感じたからだ。
 元気のよかった犬も、年老いて歩くのが遅くなり、最後は後ろから付いてきた。今朝の三村の歩みはそれに似ている。風邪の症状で、さっさと歩けない。走れと言われれば走れるが、頭が痛くなるし、息も荒れるし、関節も痛い。だから省エネで歩いている。それに一歩一歩が重い。
 あの犬もそういう状態で付いてきたのだろう。たまに紐を引っ張ったりした。あまりにも遅いので。
 今、それを思うと、かわいそうなことをしたものだ。犬は最高速を出していたのかもしれない。それでいっぱいいっぱいだったのだ。
 省エネモードになると、気分も省エネになり、ゆっくりとしたペースになる。
 三村は風邪薬を飲まないことにしている。その中に含まれている鎮静作用のようなものは、薬を飲まなくても、自然とそうなる。これを元気がないということだが、その状態も悪くはない。
 ただ、いつもなら簡単にできることが、なかなかできない。体が重いので、足も手もゆっくりなのだ。
「普段から、こんな感じで暮らしておれば、もっとのんびりできたのに」
 と、三村は、そちらの方を考えた。いつもせかせかと暮らしていたのだ。急ぐようなことではなくても。
「この境地も悪くない」
 と、思うものの元気がないと、やはり楽しくはない。活気がない。感情も控えめになる。
 そんなことを考えながら三村は歩道を歩いている。
 その前を歩いている自分に引っ張られるように。
 
   了
   
   
 

 


2014年11月8日

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