小説 川崎サイト

 

味噌臭い

川崎ゆきお


「大きい割には安いんだ。味噌の話だがね」
「味噌ですか」
「こんなに安くていいのかなあと思うほど安い」
「そんな安い味噌、何処で売っていました。私は味噌汁など作ったことがないので、興味はありませんが」
「僕も味噌汁に関して、それほど深い思いはないので、いちいち考察などしないが、自炊をやり出してから、気になってねえ」
「どこで売られていました」
「コンビニだよ」
「あ、そうなんですか。コンビニが味噌屋に」
「味噌屋ねえ、あったねえ、昔。市場の中でよく見かけたよ。樽に入っていて、盛ってあるんだ。先をとがらせてね、円錐状に。樽からはみ出ているんだ。それをシャモジですくって量り売りだ。味噌の種類分並んでいたねえ。あれは乾燥しないのかねえ。今、ふとそんなことを心配した。おぼろげな記憶だけど、樽と味噌があった。そして味噌が見えていた。のぞき込まなくてもね。あ、これさっきも言ったか。人の頭ほどあるようなオカラが饅頭のように並んでいたのも思い出した」
「確かに味噌樽ってありましたよね。今も味噌屋にはあるんでしょうねえ」
「酒樽と味噌樽は違う。また、味噌こし笊もあったねえ。三度笠のようにかぶって遊んだよ」
「それで、安い味噌の話なのですが」
「あ、その話ね。これがさらに出汁入りなんだ。それでも安くて量も多い。これはすごいと思ったねえ。経済的に助かる」
「はい」
「ところがだ。これがどうも味噌っぽくない。悪く言えば塩辛いだけの濁った汁だ。いつも高い目の味噌を買っていたんだ。無添加のね。保存材も入っていないタイプでね。これの半分ほどの量でも辛い。濃いんだ味が。だから、さらに経済的だと喜んだのだが、何かおかしい」
「添加物とか、塩分とか、安全の問題ですか。血圧の問題ですか」
「そうじゃない。味噌臭さがない」
「味噌でしょ」
「臭くないんだ」
「はあ」
「味噌臭さがない。全くなければ味噌じゃないし、味噌汁じゃなくなる、辛い、しょっぱいだけの汁になるから、少しはあるが、味噌臭さがない」
「臭いって、何ですか」
「分かりやすいってことだ。よりそれらしくね。しかも過激に」
「臭い芝居って、分かりやすい芝居のことですか。個性のある芝居のことですか」
「くどいという意味だろうねえ。演技が。過剰に分かりやすくしすぎて、臭くなる。だめ押しのさらにだめ押しを加えたような演技だ」
「でも、その方が分かりやすいし、それらしさが出るのでしょ」
「人間臭さもそうだ。その人間の体臭まで臭ってくるような臭さだ。そこまで知る必要はないし、また、嗅ぎたくもない」
「でも、より詳細な情報ですよね」
「その話はいい。味噌臭さがないと味噌汁を飲んだ気にならん。これは辛いとか、しょっぱいとかじゃなく、匂いなんだ。豆腐もそうだ、豆臭さだよ。コーヒーもそうだ。それがなければ、ただの甘くて茶色い湯になる。
「豆臭いコーヒーって確かにあります。分かりやすいです」
「それでだ」
「はい」
「せっかく安くて量も多く、少量でも味の出る味噌を買ったのだが、味噌汁を飲んだ気がしない」
「濃さとは関係がないのですね」
「逆に、この味噌は量を減らして入れても濃い。だから、濃さを期待しているんじゃない。臭さだ。味噌臭さだ」
「まあ、味覚の問題ですから、それはもう好みの」
「そうだね、しかし、少し高い目の味噌になると、毎朝幸せな気分になれる。そちらの方がやはりいい」
「何という味噌ですか」
「一番安いのから二番目か三番目だから、倍ほど高くはないよ。無添加がどうのとなっていなくてもいい。国産大豆じゃなくてもいい。ふつうの出汁なしの味噌だ」
「あ、はい」
「出汁入りでないほうがいい。あれは紛らわしい。僕が欲しいのは味噌味なんだ。味噌の味なんだ。出汁の味じゃない」
「それは濃い話ですねえ」
「濃くないよ。ふつうの話だよ」
「だから、味噌の話をそこまでやる人、私、初めてです」
「話すだろ」
「残念ながら、今までそんな会話になったことは一度も」
「そうか」
「勉強になりました。分かりやすくて」
「まさか、僕は臭い話をしているんじゃ」
「そんなことはありません。分かりやすい話でした」
「そうか」
「今度味噌汁を飲むとき、味噌臭いかどうか、確認してみます。今までそんなこと考えもしませんでしたから」
「うんうん」
「では、このへんで失礼します」
「まさか、僕のこと、味噌臭いと思わなかっただろうねえ」
「少なくても、水臭い人ではないです」
「水臭い」
「はい」
「臭い水か。これは謎だ。臭い飯なら分かるが」
「分かりやすい水のことじゃないのですか」
「水は難しいぞ、君」
「あ、もう失礼しますので、続きはまた」
「そうか、もう少しつき合えよ」
「いえいえ」
 
   了
   
 

 


2014年11月18日

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