小説 川崎サイト

 

枯れ木に花を

川崎ゆきお


 秋が深まり、木々は色付き、よく晴れた青空に紅葉はさらに映える。散歩で丘のある公園に出ていた老人が、教え子と遭遇する。あと一月ほどで年末が迫っていた。
「若い頃に伝説を残すとだめだねえ」
「いい仕事をなされたのでしょ」
「飛ばし過ぎなんだ。今度私が生まれ変われば、もっとペース配分をするねえ。それ以前に伝説を残すような仕事ができるかどうかは分からないけど」
「それはどういうことでしょ。若い頃っていくつ頃までです」
「三十前かな」
「私は若い頃、大きな仕事をしたよ。伝説となっているので、まだ覚えている人も多い。ただ、それから何十年も立つからねえ。思い出そうとしなければ、出てこないような伝説だ。ああ、そういうのがあったなあ、程度のね」
「先生の伝説は僕も聞いています」
「それがいけない」
「良いじゃないですか、名誉なことでしょ」
「ペース配分を間違えた」
「さっきもおっしゃってましたねえ」
「あれは私が三十前のことだ。それからこの年になるまで、何もない」
「はあ」
「だから、世間での私は三十前の印象しかないだろう。その後、殆ど何も成果を出していないからねえ。決して上り詰めたわけじゃない。そこが出発点で、その後、もっとやれると思っていたのだが、ピークはそこで終わっていたようだ」
「でも伝説を残したのですから、素晴らしいですよ」
「そのあとがいけない。下り坂だ。あれで終わってしまったと思われたままだ」
「あ、はい」
「もう少し人生の後半に良いものが欲しかったねえ。何となく三十前で引退したようなものだよ」
「スポーツ選手もそんな感じでしょ」
「そうだねえ、あとは解説者になるか、指導者、コーチや監督になるか、その程度だ。現役時代より、有名になったりするかもしれないしね。それなら後半も楽しい。伸びしろがあるからねえ」
「寂しい話なんですか」
「ああ、そうじゃない。何も残せなかった人に比べれば、いいのだが、ペースが悪い。ピークが若すぎた。そこからの方が長い」
「参考にします」
 老人は葉の落ちた一本の木を見ている。
「葉が落ちるのが早いねえ、あれは桜の木だろ。周囲の桜はまだ黄色や赤い葉を残しているのに」
「そうですねえ。紅葉で葉が落ちたんじゃないのかもしれません」
「そうかね」
「最初から枯れていたんですよ」
「よくここへ散歩に来るけど花見の頃、あの木はどうだったのかまでは覚えていない。咲いてなかったかな」
「さあ、知りません。この丘、広いですし、いろいろ植えられていますから」
「最初から、枯れている。それは良いかもしれん」
「それなら、成長もしませんよ」
「そうだね。しかし、立ち枯れも悪くない」
「枯れていないかもしれませんよ。今年だけ精がなくて、花の咲く頃も寝ていたのかも。また、生き返るかもしれませんよ」
「花咲爺さんでも来れば、咲くかもしれんねえ」
 話が暗くなったので、教え子は立ち上がった。
 老人はまだ、その枯れ木を見ている。
 
   了
   
 

 


2014年11月20日

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