小説 川崎サイト

 

柿の木の家

川崎ゆきお


「柿の木が多いですなあ、この辺りの家は」
 妖怪博士が少し郊外、もうそこは山裾の町を訪れた。この町の町内会で茶飲み会があり、そこに招待されたのだ。本来なら講演で呼ばれ、大名旅行のようになるはずなのだが、その規模ではない。何せ妖怪ジャンルのためだ。
 茶飲み会は大きな屋敷でおこなれる。バスで降りた妖怪博士は、出迎えの青年と一緒に会場へ向かっている。てっきり老人の集まりかと思っていたが、そうではなく、ここはこの地方のちょっとした商工会議所のようなものなのだ。商売だけではなく、町のことも話し合われる。つまり、地元の有力者が集っているのだ。今は茶飲み話の会というような呑気な名になっているが、実際には古くからある講のようなものだろう。庚申構とも呼ばれている。
 妖怪博士はそんなことは知らないし、また関係がないだろう。小さな仕事を拾い、こつこつと生計を立てているためで、呼ばれれば何処にでも出かける。ただし赤字にならない限り。要はボランティアでは動かないだけのことだが。
 その妖怪博士、柿の木ばかり見ている。もう既に実だけ残しているものもある。実に負けないほど葉も柿色のもある。同じ柿の木でも、なかなか葉が落ちないタイプもあるのだろう。そういう木が古そうな家の庭先に見えている。
「やはりいいねえ、柿の木は、この季節はこれですなあ。紅葉や楓より、私はこの食べられる柿、不規則に曲がって折れそうな枝、これが好きだよ」
「この辺りは多いですよ。でも柿の産地じゃありません」
「そうなのかい。しかし、見事な枝振りで、かなり古木だねえ」
「まあ、七十年以上のは珍しいかと」
「その前に枯れるか」
「そうですねえ。家の庭もそれぐらい続かないと」
「うむうむ」
「あっちの家の柿は、若そうだねえ」
「ああ、まだ苗木ですよ。新婚さんですよ。嫁をもらったんです」
「えっ、柿の嫁」
「本当のお嫁さんですよ。嫁入りのとき、柿の苗木を持ってくるんですよ」
「そうなの。そんな風習が」
「そうです。そしてそのお嫁さんが亡くなるとき、その柿の木で焼くんです」
「ほう。じゃ、実家が柿の木を持たせて嫁に出す」
「そうです。二十歳で嫁に行き、九十まで生き、長寿を全うしたと言うことになるでしょうねえ。柿の木も太く大きい。薪には十分な量かも」
「じゃ、ここらの屋敷には、それで伐った柿の木の株が残っておるのじゃな」
「もう柿の木で火葬にするなんてことはありませんから、伐らないで残していますよ」
「この地方の習わしかね」
「ここじゃなく、お嫁さんの実家の習わしです。この町ではそういうことはないのです、近在の町や村から来た人の習わしですよ」
「じゃ、ここではそんなことはしない」
「はい。ただ、実家の意向を受けて、しっかり、柿の木で燃やしていたこともあったとか」
「死んだ後の薪まで用意しての嫁入りか、なるほど」
「そろそろ会場です」
 目の前に大きな屋敷の屋根が見える。おびただしい数の柿の木が屋根にかかるほど伸びている。柿色が夕日のように明るい。
「これは」
「嫁さんが居着かなかったんでしょ」
「恥ですなあ」
「亡くなったわけじゃないので、伐らずに残しているんでしょう」
「ほう」
「この屋敷の人は、代々嫁さんをよく代える家系なんですよ」
「それで、秋になると、柿で真っ赤か」
「猿のケツのようにね。あ、聞こえてしまう。さあ、入りましょう」
 妖怪博士は、茶飲み会で柿の妖怪をでっち上げ、それを披露した。集まった人は大受けしたが、屋敷の主だけは渋柿だった。
 
   了

 

 


2014年11月22日

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