小説 川崎サイト



神秘的

川崎ゆきお



 市村は神秘な世界に憧れていた。それはオカルトではなく、現実に有り得る範囲内でのことで、可能性のあるものだった。
「漠然としているんだな、市村君の夢は」
 と、同級生の高岡からいつも指摘される。
「そうかなあ」
「そんな就職先ないだろ」
 二人は来年卒業する。
 将来について語り合える関係にあり、またその時期なのだ。
「僕が思っているのは、就職先にはないかもしれない。これは趣味として追求する問題かもしれない。だから、就職先はどこでもいいさ」
「俺にはそんな夢はないねえ。平凡でいいや。周りがうるさいから就職するだけだよ」
 二人がコンビニ前で話していると、妙な老人が店から出てきた。袴のようなズボンを履いており、上着は着物の下を切ったような感じで、烏帽子のような長い帽子をかぶっている。髪の毛は馬の尻尾のように結び、顎髭だけを長く延ばし、草履を履いている。手にはコンビニ袋をぶら下げていた。
 市村はショックを覚えた。非常に神秘的な人だったからだ。
「あのう……」
 市村は声をかけた。横に高岡がいたので出来たのだろう。
「何か?」
「いえ」
 市村は何を聞いていいのか分からなかった。
「今日は」
 高岡が先へ繋いだ。
「はい、今日は。いい天気で」
 老人は普通に返事した。
「あのう、あなたは?」
 市村はダイレクトに聞いた。
「ああ、この服装ですかな。これは趣味です」
 市村も田村も、次の言葉を探した。
「じゃ」
 老人は意外と素早く歩き去った。
「おかしい」
 市村が言う。
「うん、いるんだ、ああいうタイプが」
「そうじゃない。俺ら、一時間以上ここで話してたよな」
「そうだよ」
「あんな人、入って行かなかったよ」
「そうだな。市村の言う神秘世界とは、これかい」
 コンビニの客の入り口は一カ所しかない。
「中で立ち読みしていたんじゃないかな。俺の言う神秘はオカルトじゃないよ」
「あと、考えられるのはコンビニの人……」
 二人は敢えて店員に聞こうとはしなかった。
 
   了
 
 



          2007年1月19日
 

 

 

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