小説 川崎サイト

 

おみいさん

川崎ゆきお


 すき焼きのタレが好きで、そのあと、ご飯にかけて食べる……と言うことが話題なっていた。とある食べ物屋で鍋焼きうどんを食べたのだが、高くなっていた。物価が上がったのだろという話題がメインだが、チゲ鍋の話題になり、もうここでは物価の話ではなくなっている。そして、そのあとに出たのがすき焼きの話題だが、実際にはそのタレ、出汁の話になっている。すき焼きなどの鍋物のあとに、うどんを入れるとかの話ではなく、ご飯にかけて食べる、となる。食堂や宴会などですき焼きをつつくのは絵としてある。そのあと、うどんを入れるのも、さらにご飯を入れ、雑炊のようにして食べることも。しかし、ご飯にぶっかけるためにはご飯がいる。食べ残していたのだろうか。そうではない。これは家で作ったすき焼きだろう。そこで背景の絵が切り替わる。店屋の室内ではなく、自宅の中に。だが、これはすき焼きの夕食後の話ではなく、朝の話かもしれない。すき焼きは夕食に限らないので、昼かもしれないが。どちらにしてもすき焼きの残りをぶっかけているようなものだ。
 これを語っていたのはお父さんだ。結構年寄りで孫もいるような年齢。だから、その夫人はすき焼きを作るとき、できるだけ出汁を多く入れる。すき焼きのタレも売られているが、ふつうは醤油と砂糖程度だろう。そのとき水を多く入れるとかだ。また、すき焼きが終わりかけたとき、水分の確認をしているかもしれない。できるだけツユ、つまりお汁が多く残るように。それは昔なら犬のご飯にぶっかければ、犬の食欲が変わるほど効果があったが、最近の犬はご飯よりドッグフードが多いだろう。だから、そのお父さんは犬のような猫のようなぶっかけものが好きなのかもしれない。食欲がないときなど、味噌汁をご飯にぶっかけそうだ。
 昔は味噌汁が残っている鍋に、ご飯を入れて煮る風習があった。これも猫ご飯に近いが、意外と熱いので、猫舌向けではない。それを「おみいさん」と呼んでいた。「お」を省略すると「みいさん」で敬称の「さん」を省くと「みい」となる。名前を連想する。猫だ。猫が物欲しそうに泣くとき「みい」と言っているように聞こえる。
 メインが終わったあとの楽しみが、先ほどのすき焼きタレぶっかけご飯だ。もう肉や具は入っていないかもしれないが、これがおいしい。
 さて、そのお父さんが話題にした、このすき焼きの残り汁ぶっかけご飯だが、すき焼きそのもののメインの話ではない。サブというわけではないが、副産物だ。いくらそれがおいしいからといって、市販のすき焼き出汁を買ってきて、それをぶっかけるわけではない。本物のすき焼き、メインのすき焼きがあってのサブなのだ。これはまさにツユだけにおこぼれをいただくようなものだが、これがメインよりおいしかったりする。
 そのお父さんは仲間と一緒にそういう話をしていたのだが、それが記事になるわけではない。また、それを意識して喋った場合、すき焼きの出汁ぶっかけご飯の話題は出さないだろう。実際には物価が上がったという話で、本来は鍋焼きうどんの値段が上がったのは小麦粉が上がったからだというのがメインなのだ。すき焼きはよけいだ。さらにその出汁をご飯にぶっかけて食べるとおいしいなど、離れすぎる。誰もそんなことは聞いていない。ただこのお父さん、それが言いたかったのだ。しかし、他の仲間は言うほど同意しなかった。
 話題は石油の値段がどうのに移る。これがメインなので、寄り道はそこまでだ。だが、物価の話より、サブのまたサブの話の方が興味深い。
 
   了


 

 


2014年12月21日

小説 川崎サイト