小説 川崎サイト

 

眠い藁

川崎ゆきお


「今年のクリスマスはどうでした」
「ケーキを食べ損ねた」
「買わなかったのですか」
「買おうとしたけど、あれを一人で食べると体に悪い。しかし縁起物なので、食べたい気はある。嫌いじゃないしね、甘い物は。しかし値段との相性が合わない。高すぎるんだよ」
「クリスマスなんですから、そこは別会計ですよ」
「その別の財布がなくてねえ。それを買うと、年末までの毎日の飯代をかなりケチらないと足りなくなる」
「正月は餅を買われるのでしょ」
「ああ、餅は買う。ご飯の変わりになるから、米を買うのと同じことになるから、これはすんなりと買う。まあ餅は正月にしか食わないけどね」
「お雑煮ですか」
「ああ、味噌汁に入れる」
「僕はスマシがいい」
「お吸い物のように見えるから、そちらのほうが高級そうだねえ」
「そうです。味噌汁では具がよく見えないでしょ。エビとかが入っていても、見えない」
「だから、餅は正月三が日分の雑煮に使う量だけでいい」
「お節料理は」
「ああ、私は棒鱈が好きでねえ。他はいい。あれは保存食だ、魚のね。少し高いが、それは買う。そのかわりお重とかは買わない」
「お節も縁起物でしょ」
「区切りだからね。しかし、年々そういった縁起物から遠ざかっているよ」
「注連縄に蜜柑なんかは」
「ああ、それは実家じゃそんな飾り付けはしていなかったからねえ。習慣がない」
「門松も日の丸の旗もですか」
「そうだねえ」
「何か、特別な理由でも」
「さあ、実家は住宅地でねえ。他から引っ越してきた人達の集まりだ。だから、出身地の習慣によって違うんだ」
「それでお宅は注連縄も門松も旗もなしですか」
「さあ、親の出身地の田舎じゃ、そうだったかもしれないけど、引き継がなかったんだろうねえ」
「その出身地の田舎、つまり両親の実家などへ行ったことがありますか」
「いや、ない」
「それは珍しい」
「何代か前に町に出てきたようで、本家との縁はもう切れていたからねえ。帰っても知らない人ばかりだ。血の繋がりはあるだろうけど」
「じゃ、正月の飾り付けもしないと」
「そうだねえ。近所の家も、今は日の丸は揚げないしね。小旗じゃ駄目だろ。応援じゃあるまいし。しかし注連縄に蜜柑は結構あるねえ。門松はないけど」
「安いですよ。注連縄は表札のところに付ければいいだけです」
「そうだねえ。百均でも売ってそうだし」
「車に付けている人もいるでしょ」
「西洋注連縄を見たことがある」
「ああ、海外でも新年を祝う習慣がありますからねえ。年号が変わるわけですから」
「あれは花輪かな」
「さあ、しっかりと見たことはありませんが」
「造花のようなものかもしれん」
「注連縄も藁じゃないのは安いですよ」
「そうだねえ、藁なんてもう滅多に見ない。藁に高値がついているかもしれんなあ」
「縄も見ないねえ。藁で編んだ。あれは縄跳び用によく米屋へ行ってもらってきたものだ。米俵をくくっていた奴でね。それが米屋の壁にいっぱいぶら下がっていたんだ」
「無料ですか」
「そうだよ。言えばもらえた」
「少し眠くなってきたので」
「え、何かね」
「いえ、話が藁になってから急に眠く」
「藁のように眠るってあるから、それだよ」
「え」
「藁には眠気を催す成分が入っているのかもしれん」
「あ、はい。おやすみなさい」
 
   了
   


 


2014年12月29日

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