小説 川崎サイト



ナマケケ

川崎ゆきお



 何もしないで、ぼんやりと過ごしているときがある。
 岩雄はそれが常態化し、常に無気力だ。心配した母親は呪い師のお婆さんに相談した。
 この行動そのものがまともではない。
 岩雄は母親が真面目に心配しているのかどうか心配になってきた。
「梅さんが来なさいと……」
 岩雄は梅さんの家を訪れた。
 この時代、未だに呪い師がいることに岩雄は驚いた。山奥の村だが、未開地ではない。電話も通じれば、インターネットにも繋がるし、携帯も圏内だ。
 神社の裏に、社殿よりも古そうな屋根瓦が見える。岩雄は高校までこの村で暮らし、都会の大学を出て一度は就職した。
 そして故郷の村へ三十前に戻って来たのだ。
 家族は遊びに帰ったのかと最初思った。一週間が経ち、ひと月が経ち、やがて一年を過ぎた。岩雄は岩のように動かなくなった。
「名前を変えても駄目やのう。岩雄ちゃんにはアレが憑いておる。どうじゃ、祓うか。そのまんまにすっか。あんたが決めなはれ」
「アレって何ですか」
「何もしない病じゃよ」
「病気なんですか」
「そうだ」
「どこも悪くないけど、体調が悪いんです」
「三十前にはな、一度それが襲うてくる。まあ青春のつけが回ってきたんじゃよ」
「お祓いを受ければ、元の活力が戻りますか」
「抜けると元気になるぞ。まだ三十前じゃもんな。体力は落ちるが気力や知力はバリバリ様だよ」
「何が入っているんでしょうか」
「岩雄ちゃんの中に、ナマケケが入っとる。抜くか?」
 岩雄はさすがに、そんなモノが体内に入っているとは信じていない。精神的な何かをこの梅婆さんが治療してくれるだけだろうと思った。
「どうするね」
「元気になってもやることがないし」
「元気になりゃ、やることが一杯出てくるわい」
 岩雄は元気だった学生時代にもやることが思いつかず、苦労したことがある。
「産まれたときからナマケケが取り憑いているのかな」
「それは分からんのう。抜いてみるまでは」
 池の水を抜き、池の主でも見るような言い方だ。
 岩雄はパンツを脱がされ、陰毛の一本を抜かれた。その毛は紫色をしていた。
「これがナマケケの栓だよ。抜いたから毛穴からナマケケが飛び出たはずじゃ」
 岩雄は元気になったのか、都会に戻った。
 本当にそんな毛が混ざっていたのかどうかは、梅婆さんだけが知る話だ。
 
   了
 
 
 
 

          2007年1月21日
 

 

 

小説 川崎サイト