小説 川崎サイト

 

正月様

川崎ゆきお


「正月はどうだった」
「寝正月だよ」
「ずっと家に?」
「適当なのを買って、食べて寝て、食べて寝て」
「僕は田舎に帰っていたよ」
「ああ、毎年盆と正月は帰省のニュースが出るねえ」
「高速道路が渋滞とか、明日は帰省のピークとか、Uターン始まるとかでしょ」
「そうそう、で田舎はどうだった」
「初詣とか、おせちを食べたりと、いろいろあったなあ。親戚周りなんかして、おとそ気分がまだ抜けないよ」
「行事とかは」
「昔ほどじゃないけど、正月様を祭る行事があるんだ」
「正月様。正月を丁寧に言ってるの」
「それなら、お正月様だね」
「正月様って、何?」
「知らないけど、うちに昔から伝わっている神さんなんだ」
「ほう」
「神棚があってねえ、正月だけ拝まされるんだ」
「そこに正月様が入っているの」
「さあ、見てはいけないんだって、家長以外」
「ふーん」
「実家を建て替えたときも、正月様はそのまま残した」
「その神棚を残したの」
「そういうしきたりなんだ」
「何処にあるの」
「子供の頃は土間にあったよ。建て替える前だ」
「土間」
「竈とかがある台所さ。今はそんな土間はないし、竈もないけど」
「じゃ、何処に」
「キッチンの棚だよ」
「それを正月だけ拝むの?」
「そうそう。仏壇のお供えものより豪華だった」
「良いなあ、そんな神秘ごとがあって」
「君の故郷は何処だった」
「ずっとこっちだよ」
「こっちに出てくる前は?」
「地名は聞いたことがあるけど、もう親戚はいないはずだよ」
「ご先祖さんは」
「よく分からない。お爺さんのお爺さんが、こっちに出てきたんだけど、その先は分からないんだって」
「じゃ、お墓とかは」
「さあ」
「調べてみないの?」
「聞いたことはあるけど、どうも転々としていたみたいで、決まった場所に長く住んでいなかったんじゃないかな。だから、何代か前の人がいた場所は分かっているんだけど、そこが先祖代々の土地ではないんだって」
「家系図とかは」
「君んちにはあるの」
「あるよ。昔のだけど」
「どんなの、巻物?」
「ぺらっとした紙にメモ程度に筆書きされてる」
「いいなあ、古い家は」
「実家に帰ると親戚だらけ、殆ど同じ姓なんだ」
「だから、正月様も祭ってるのか」
「さあ、それは知らないけど、どの家にもあるよ。正月様は」
「先祖崇拝かな」
「違うと思う」
「そうなの?」
「だって、台所に祭ってるんだし、正月にしか拝まないし」
「家長になれば、その神棚の中が見られるだろ」
「ああ」
「何だろうねえ」
「幼友達が家長になったんだ。それで教えてもらったことがある」
「まだ若いのに」
「親が早くなくなったんだ」
「で、中身は」
「賀正と書かれていた」
「年賀状かい」
「ああ」
「それが正月様の正体?」
「流行ったんだろうねえ」
「正月様がかい」
「何代か前にね」
「正月様の儀式はどうするの」
「だから、元旦にお供えものをするだけだよ。祝詞のようなのがあったらしいけど、もう覚えていないんだって。でも」
「え」
「ガショウガショウガショウって、繰り返すんだ」
「今年もやったの」
「ああ、ガショウガショウってね。まじめな顔をして」
「いいなあ、そんな儀式があって」
「ああ、神事だよ」
「そうだなあ、神事は必要だなあ。僕も初詣に行こうかなあ」
「もう平日だから、すいてるよ」
「ああ、そうする」
「でも、ガショウガショウって拝んじゃだめだよ」
「ああ」
 
   了
 
   
   
   

 


2015年1月7日

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