小説 川崎サイト

 

川崎ゆきお


「餅は食べましたか」
「ああ、正月ねえ」
「僕はお雑煮で食べました」
「あ、そう」
「先輩は」
「え、餅がどうかしたのかな」
「正月は餅を食べるでしょ。だから、ふつうに聞いたのですが」
「あ、そう。餅ねえ」
「食べましたか」
「まあ、食べたことは食べたが」
「それは良かったですねえ。僕は実家に帰っていたので、そこで食べました。先輩は?」
「餅誘導だね」
「えっ」
「言えないような場所で食べた場合、言えない。うっかり言ってしまったりする」
「言えない場所ですか」
「自分の部屋で食べた」
「じゃ、言えるじゃないですか」
「そうなんだが、貰い物でね」
「はい」
「誰からって聞かないのか」
「いえいえ、ただ、挨拶ですよ。餅を食べましたかって」
「あ、そう、じゃ、はい食べました、で済む話か」
「そうです」
「そうはいかない」
「えっ」
「餅は焼き餅がいい。そして何もつけずにね」
「僕はお雑煮の他に、焼き餅も食べましたが、砂糖醤油でした」
「餅には塩を少し入れてある。だから、それだけで塩味がある」
「ああ、そうですか」
「それはふつうの白い餅だ。そこに海老を入れると海老餅になる。その海老は干し海老だが、結構塩分がある。もうこれだけで十分味が付く。海老からも味が出るしね」
「あ、はい」
「この海老餅が最上の餅だ。何せ海老が入っているんだからね」
「干し海老が少しだけ入っている天麩羅うどんのようなものですか」
「それは違う。うどんの中に海老を混ぜ込めば別だが」
「じゃ、赤いうどんに」
「しかし、見たことはない。そんな手の込んだうどんは」
「はい」
「そして焼き餅は焼く」
「はい、ふつうです」
「レンジじゃだめだ。ガスでも良いから直接炎が出るタイプでね。当然餅網で」
「はい」
「丸餅は山だ」
「少し、膨らんでますねえ。丘のように」
「中まで焼くのは大変だ」
「はい」
「それにすぐに焦げる」
「アルミで包めば大丈夫ですよ」
「それでは、焦げない」
「困るんじゃないですか、焦げると」
「この焦げが、いい匂いなんだ。香ばしい」
「はい」
「餅はこの香りを味わう」
「そうなんですか」
「焦げてもなかなか中まで柔らかくならん。プーと膨らませないとね。しかし、それでは形が歪になる。膨らませるに任せていればね」
「はい」
「だから、膨らみかけたところで、箸で突き破る。風船を割るんだ。さらに箸で押さえ付けて丘を平たくする」
「あ、はい」
「焦げてかなり黒くなっているが、それは無視する。焦げても驚かないこと」
「はい」
「焦げは落ちる。それよりも、表面積が広くなる。やがて丸餅ではなく、平たい餅になる。しかし形は円形を維持したままね」
「実家ではトースターで焼いてましたが」
「あれは始終開けて、押さえないとだめなので面倒だ。それに表面ばかり焼ける。やはり炎がいい。鉄板焼でもいいんだ」
「ああ、そうなんですか」
「それで、食べるときは焦げを落としながら食べる。これが香ばしくていい。餅の皮、これはそのままオカキだ。表面は堅いが中は柔らかい。これが焼き餅なんだ。これがね」
「はい」
「雑煮はねえ」
「もういいです。先輩」
「聞きたくないか」
「そこまで細かく」
「簡単だから、聞きなさい」
「はい」
「雑煮汁を作る。これが餅入り雑煮の醍醐味だ」
「雑煮汁」
「餅は煮すぎると溶けてしまう」
「は、はい」
「味噌汁に入れた場合、味噌と混じったどろどろがいい。海老と味噌がここで混ざる。味噌汁なのか、雑煮なのかが分からないほどがよいが、やはり餅である証拠を少し残すのがいい。だから、火を止めるタイミングが大事」
「雑煮でしょ、大根とか、ネギとは」
「ネギ程度でよろしい。メインは餅だ。餅だけが入った味噌汁だと思えばいい」
「はい」
「そのドロドロの汁、箸で挟める。餅はもう細くなり、ついてこれなくなるので、切れがいい」
「ほう」
「なにが、ほうだ」
「感心して」
「吸うか、挟むか、どちらでもよいところを、いい案配と言う」
「はい」
「吸い物で食べるときは、焼いたものを入れる。焦げが浮いていい感じだ。これを叢雲の吸い物と呼んでいる」
「もういいです。仕事に戻りましょう」
「そうだな。少し言い過ぎたようだ」
 要するに餅を焦がしてしまった。餅を煮すぎて溶かしてしまった……というだけの話だろう。
 

   了


   


   
   

 


2015年1月8日

小説 川崎サイト