小説 川崎サイト

 

サイエンス

川崎ゆきお


 竹田は見知らぬ人の中にポツンといるのが好きだ。これは孤独を愛するからではない。誰も来ないような深山にいると怖い。何処かに人の気配があれば別だが。そのため決してひとりぼっちになるのが好きなわけではない。そこにいる人達も、団体さんではなく、一個人ばかりの集まりが良い。二人ずれ、三人ずれの人がいてもかまわないが、それ以上になると、何かの団体のように見えてしまい、その団体一塊を一人と数えるようにしている。
 買い物に出たり、繁華街や商店街を歩くのが好きなのも、その条件を満たしているからだ。多少は見知った人がいてもかまわない。挨拶程度の関係なら。
 人は群れをなす動物のようだ。犬も飼い主家族と一緒のときが一番落ち着くらしい。犬に聞いたわけではないが。群れをなす動物はそれなりの理由があるのだろう。強い敵に襲われたとき、多い方が安全とか。
 見知らぬ人達はヒト一般として見える。何処の誰それとかが分かっていない場合、前を歩いている人は、ヒトで、年齢や性別程度しか分からない。だから、ヒトが歩いていると言うことだ。犬ではなく、ヒトが。
 たとえば二人で町を歩くとしよう。すると、町は二人に共通する風景のようなフィルターがかかる。当然全てがそのフィルターを通してしか見えなくなるわけではないが、風景が間引かれる。これはその二人の関係で、見え方が違ってくるのだ。当然、何のためにそこを歩いているのかにもよる。
 試しに、いつも二人か三人で歩いている町を一人で歩いてみるとよく分かる。こんな町だったのかと、改めて思うはずだ。より豊かな町だと感じたり、寂しい場所だと感じたりもするだろう。
 というようなことを竹田は考えていた。
「また、妙なことを考えているねえ竹田君」
「はい、研究ですので」
「視点の研究かね」
「いえ、何かよく分かりません」
「風景論でしょうなあ」
「そうなんですか」
「一人で見るのと二人で見るのとの違いを見ています」
「同じものを見ていても、雰囲気が違うのでしょうなあ」
「そのようです」
「それをどうするつもりですか」
「個人的な好みの問題かもしれませんから、何とも」
「まあ、最初はそう言うところから、実感としてあるものから始めたらよろしい」
「はい」
「しかし竹田君、今の話は文系過ぎる。もう少しサイエンスでないとね」
 竹田は、この恩師の視線が、このとき入ったことで、あまりいい気はしなかった。だから、話さなければ良かったと後悔した。何でもかんでも共有するものではない。
 
   了



   

   

   


2015年1月14日

小説 川崎サイト