小説 川崎サイト



猟奇の常夜

川崎ゆきお



 月は昇るが、とんと猟奇王の話題は上がらない。
……が、しかしこの怪人、未だに生きている。
「大将、何してまんねん」
「知れたこと」
「知りまへんで」
「忍者よ、意地悪きこと申すな」
「作戦練ってまんねやろ」
「何の」
「世間をあっと言わせるツバキゴトでんがな」
「それも言うなら椿事じゃ」
「そう、その珍事でんがな。それが怪人猟奇王の有り得るべき姿でっせ」
「そうか」
「それだけでっか、コメントは」
 猟奇王アジトでの忍者とのこの会話、もう何度も繰り返され、慣れ事と化す。されで何かの弾みで現実化も有り得る。
 だがしかし、ここしばらくは何の変化もないまま、籠もりきっていた。
「外敵はおらぬか」
「わてらの敵は探偵でっせ」
「探偵と対決でもするか」
「それは虚業でっせ」
「虚業?」
「何かあってこそ探偵が現れますのや。何もないのにいきなり探偵と対決するのはええ例やおまへん」
「貴様は審査員か」
「大将は王道を走ってもらわな」
「その道が走れぬから苦労しておるのじゃ」
「楽してまんねやろ」
 猟奇王、眉間の立て皺をぐっと深めた。
「貴様に猟奇王の苦悩が分かるか」
「一日寝てますやないか」
「苦しゅうて寝ておるのじゃ。それに……」
「まだ、言い訳のネタがありまんのか」
「違う。ポリシーの問題よ」
「何でっか、そのプラッシーて」
「かなり外れておるぞ」
「そのポリ聞かせておくんなはれ」
「今申した」
「聞いてまへんで」
「わしらは外れ過ぎた」
「あ、はあ」
「自覚はないのか、忍者は」
「外れ過ぎてるからかもしれまへんなあ」
「貴様は外れても害はないが、わしにはある」
「そやけど、一体何が外れてまんねん」
「この時代、怪奇ロマン派の怪人など用無しよ」
「怪しい連中沢山いますやないか」
「ロマンがない」
「またロマンで逃げた」
「さらばじゃ」
 猟奇王、またうたた寝始め、常夜の床に就く。
 
   了
 
 
 


          2007年1月22日
 

 

 

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