最上位と最下位
川崎ゆきお
河野は最近体調を崩した。そのため調子がよくない。当然仕事も。調子の良いときを標準値にしていたので、調子がふつうのときは少し辛い。さらに調子が悪いときはかなりきつくなる。毎日張り切りすぎていたのだ。
今日も調子が悪いので、仕事も遅い。反応も鈍く、仕事先の人との会話も弾まない。
「調子が悪いときを基準にすべきなんだ」職場の同僚が話しかける。河野はいつもなら反論するのだが、調子が悪いので、その気も起こらない。
「調子が悪いときのペースだと、調子が悪いときでもこなせる。特に変化はない。そうだろ」
「まあ、そうなんだけど」
「調子が良いときでも、調子の悪いときのペースなので、これは楽だ」
「しかし、効率が悪くなるし」
「最初から鈍い人間、遅い人間だと思わせておくのがいいんだ。ただし限度がある。あるレベル以下だと、さすがに居辛くなる」
「でも、調子の良いときは、調子良くやりたいよ。それを押さえるのは我慢が必要だし」
「それで、よくできる人と思われてしまう。これは落とし穴だ。さらに誉められたりする。これも落とし穴。また誉められようと思い、頑張る。そして、結局体調を崩したんだろ」
「そうだなんだけど」
「それでいて、給料は同じ」
「仕事って、そういうことじゃないと思うんだけど」
「ほう」
「自分の力を試したり、毎日工夫しながら創造的に取り込むことに生き甲斐を感じたりするものじゃないのかな」
「ないのかな……か」
「違うの」
「それは正論だよ。だから、間違っていない。僕も、その方針だよ。同じだよ。ただし」
「ただし」
「人の名前じゃないよ」
「分かってるよ。ただし、なに?」
「劣っているからできないだけ」
「えっ?」
「実力不足なんだ」
「そうなの」
「そして、努力はしているけど、達しないだけ」
「うーん、何だろう、それって」
「最下位レベルの維持に努めている。上達したらだめなんだ。しかし、少しはレベルを上げないと脱落するから、最低限は上げるけどね。それは余裕で上げられる」
「不思議な話だ」
「君は上位争いをしている。僕は最下位争いをしているのだ」
「うーん」
「だから、調子が悪い時期でも、難なく仕事はこなせるんだ」
「下には下の世界があるんだね」
「これが処世術だよ」
「逆なんだね」
「生き残るためにはね」
「ああ、参考にするよ」
「それがいい」
了
2015年1月27日