小説 川崎サイト

 

妖雲

川崎ゆきお


 海の彼方に神がいる。山の彼方に神がいる。海に神がいる。山に神がいる。いずれも海や山が見える場所でないと、神を感じないかもしれない。見渡す限り山また山だと海は見えない。山の上に登っても、まだ見えない。こういう状態では海の彼方に神がいる、などの発想はないだろう。ただ、山の人達も海を知っている。山の神に飽きて、見知らぬ海の神を信仰することがあるかもしれない。ただ、そうなると抽象性が高くなる。具体的なものがないだけに。
 山がなく、海も湖もなくても、空はある。日や月や星はある。ここは世界共通かもしれない。
「星を見ますか」
「星ですか」
「そうです」
「滅多に見ませんねえ」
「月は」
「目立つので、たまに見ます。たまに見る程度なので、形が毎回違いますねえ。イメージとしては丸いのですが」
「日は」
「太陽ですか」
「そうです」
「朝日や夕日をたまに見ますねえ。昼間は眩しいので、見ませんが」
「星の動き、太陽や月の動きには何かがあります」
「ああ、占いの定番でしょ。それに生年月日を組み合わせると、運命が分かるとか」
「四柱推命ですね」
「しかし、僕はそれができないのです。誕生日は分かっているのですが時間が分からない」
「記録にあるでしょ。産科の」
「家で生まれたのです。産婆さんに取り上げられました」
「そうなのですか」
「それで時間なんですが、朝方だったと母親は言ってましたが、時間までは分かっていないようです。朝と言っても何時かまでは分からないのです」
「まあ、そう言う占いとは違い、天気占いがあります。聞きますか」
「天気ですか」
「天文方、これは昔からそう言う役所があって、星の動きなどを観察していました」
「そうなんですか」
「それなら、ありふれています。そうではなく、空を見て占うのです。朝でも良いし、昼でもいい。星が見えなくてもいい」
「はい」
「特に注意するのは妖雲です」
「妖しい雲ですか」
「そうです。妙な形をした雲が現れると、これは異変の前触れです。特に妖雲は不吉なものだと言われています」
「それは雲占いですか」
「相としては分かりやすいですからね」
「手相人相ではなく、雲相ですね」
「これを空想とも言います」
「そこへ来ますか」
「ただ、これは個人の相ではなく、世の中の相なのです。だから世相」
「ほう」
「天地がひっくり返るような大きな災害や事変が分かるらしいです」
「らしい程度ですか」
「当然誰でも読めるわけではありません。天を見て下界が分かるのです」
「ほう」
「これを世相を読むと言います」
「お話しはよく分かりますが、まあ、空想しているだけなんですよね」
「はい、簡単に言えば」
「はいはい」
「しかし、妖雲が浮かぶ空をじっと見ていれば、天啓を得ることもあります」
「それも空想のうちですね」
「はい、まあ、そうです」
 
   了



 
 

 
 
  


2015年1月31日

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