怪奇小説の世界
川崎ゆきお
「あれは何処かで繋がっているのでしょうなあ」
寺の住職が語る。この人は怪奇小説を好んでいた。つまり、好きなのだ。怖いものが好き。寺を継いだのもそのためだ。長男は普通のサラリーマンで、寺から出た。兄弟でも性格が陰と陽ほど違っていた。
住職と話しているのは怪奇小説家だ。古い言い方だが、今ならホラー作家だろうか。同じようなものを指しているが、時代が違う。
「私は怪奇小説。特に海外の物が好きでしてねえ。それらは翻訳物ですので、言葉遣いが少し違う。日本なら怪談になってしまいます。畳臭い、湿気を含んだような話にね。そうじゃなく、洋館などに出る幽霊が好きなんです。別に出なくても構いませんがね。その雰囲気が好きなんですよ」
「昔の探偵小説のようなものですか」
「そうです。名探偵が出て来て、トリックを見破るようなやつですねえ。しかし、そう言うことじゃなく、言葉遣いなんです。洋館物なら、住んでいる人も紳士淑女が多いでしょ。そういった言葉遣いが好きなんです」
「例えば」
「言葉が丁寧なんですね。これで落ち着きます」
「なるほど」
「それよりもさらに好きなのが、何かが出ると言うことです」
「幽霊ですね」
「怪談ですので、当然幽霊でしょうが、異変でもよろしい。ただ、それらは現実にはあり得ないことに限ります。深閑とした森、そこにある古城でも、洋館でも何でもよろしい。張り詰めたような空間がそこにあります。現実ではあり得ないものが忍び寄ってきたり、また、その屋敷に棲み着いている。その気配が、屋敷内に漂う。もうこれだけで良いのです」
「怪奇趣味というやつですか」
「現実の問題じゃなく、あっち側の問題なんですね。それと関わる」
「それは空想の世界を楽しむようなものですか」
「夜中、ふと起きて、家の中を少し歩いてご覧なさい。我が家なのですが、少し違う。暗いからです。電気を付ければ戻りますがね。しかし、さっきまで眠っていたので、少しぼんやりとしている。また、この時間起きても用事がない。しかし、起きてしまった。別にすることはない。ついでにトイレに行くか、水でも飲むか、その程度です。それにすぐにまた蒲団に戻りますからね。しかし、起きていてはいけない時間にいることに、少し不安を感じる。用がないので、つまらんものに目が行く。土産物で買った額入りのお面が飾ってある。そういうのが気になる。薄暗いですから、少し不気味な表情をしています。漏れてくる外光で妙な光線具合になり、表情ができるのです。これは寺に住む私の話ではないですがね」
「はい。じゃ、それは別に怪異でも怪談でもないですね」
「そうです。お面が笑ったりしませんし、そこに悪いものが入ってもいません。ただ、その狭い考え、狭い思いが好きなんですよ」
「具体的には怖がるようなものはないのですね」
「ないです。ただ、昼間の現実を少し離れて、怪しげな空間に入り込みます。そこは張り詰めた世界です」
「怪奇小説が好きなのは、そう言う趣を好まれるからですか」
「何かよく分からない。正体が分からない。そういうものを恐れたりする心理がいいのです」
「これは陽の世界ではなく、陰の世界でしてね。忌みの世界でもあるのです。狭い洞穴、覗いてはいけない世界。そこは地獄に繋がっていたりします。そして、そこから得体の知れないものがたまに出てきます」
「はい、分かりました。そういうのを一つ、書いてみます」
「私はあなたのファンでしてねえ。是非読みたいので、お願いします」
「ところで」
「何ですかな」
「お寺に幽霊は出ますか。怪異などありませんか」
「ありません」
「あ、はい」
「ただし」
「はい」
「真夜中は別です。眠っているときはね。だから、分からない」
了
2015年2月1日