小説 川崎サイト

 

散髪屋の多い町

川崎ゆきお


 散髪屋、理髪店が多い町だ。
 山田はセールスで田舎町を訪ねたのだが、くるくる回る散髪屋の看板がやたらと多い。その通りは駅前から出ているのだが、道は狭い。駅舎は古く、鉄道会社のバスやタクシーが止まっている程度だ。
 山田は薬局へセールスをかけに来た。狭い町なので何店もないだろう。だから、すぐに済ませて、次の町へ行くつもりだった。
 一軒目の薬局は駅のドン前にあり、これはすぐに済ませた。あらかじめ薬局のある場所は分かっているので、あと二軒だ。この町には大型のドラッグストアはない。
 その二軒目と三軒目が、先ほどの散髪屋の多い狭い通りにあるのだ。ちょっとした商店街だが、アーケードや飾り物はない。
 二軒目の薬局でのセールスはまずまずだが、成立するかどうかは五分五分。親父の人柄がいいのか、むげに断らないだけの話かもしれないが、手応えは少しある。
「散髪屋が多いですねえ」
 親父はニヤリと笑う。
「過当競争ですよ」
「そうですか」
 山田は髪の毛が伸びているので、少し刈ってもらうと思った。残る薬局はあと一軒。次の列車まで一時間半ほどある。充分時間はある。
「刈ってもらおうかなあ」
「二階に注意しないとね」
「はあっ?」
「まあ、行けば分かるさ」
 薬局を出ると、まばらだが人通りはある。通りの手前から奥まで目をやると、ぐるぐる回る散髪屋の看板が果てまで続いているのがよく分かる。アニメのように動いているためだ。よく目立つ。
 さっと追い越して行った男が散髪屋に入った。スキンヘッドではないが、それ以上カットしようがないような頭をしている。その男は入り口がいきなり階段の散髪屋に入っていった。一階は金物屋らしいが、閉まっている。
 山田は「二階に注意しないとね」という先ほどの親父の言葉を思い出した。それで、通りから二階の窓を見るが、カーテンが閉まっており、よく見えない。
 山田は次に見付けた散髪屋を覗いた。こちらは一階にあり、ガラスドアや窓から中が見える。理容椅子は一つで、これも坊主に近い人の髭を剃っている最中で、待合いの椅子には二人ほどいる。
 これでは待たされるのではないかと思い、山田は少し歩いたところにある散髪屋を見る。ここも待っている人がいる。
 その先にも散髪屋の看板や回転ネオンがいくつかあるので、すいている店に入ることに決める。
 店屋の通りが果てるようなところに、古びた散髪屋を見つけた。ここはいきないり二階への階段、ではなく、ガラス戸から覗くと、誰もいない。客がいないので、奥にいるのだと思い、ガタンとガラス戸を開けた。
 その音で、店の人が出てくるはずだが、反応がない。「すみませーん」と、奥へ声をかける。すると、年寄りが出てきて、すぐに白い上着を羽織った。
「すみませんねえ。今日はお休みで」
「開いてましたが」
「ああ、はいはい」
「少し刈ってもらえますか」
「はいはい」
「この通り、散髪屋が多いですねえ」
「そうなんですよ。どこも流行ってますが、うちは今一つでして」
「散髪の好きな人が住んでいる町なんですか」
「ああ、まあ、そうですが、外から来る人の方が多いですよ。お客さんのように」
「そうなんですか。僕はセールスで」
「お仕事ですか。なるほどそれは」
 櫛を当て、ハサミで丁寧に少しずつ切っている。虎刈りになるのを心配したが、これなら安心だ。
「今日は休みなので、残念なことです」
「いえいえ、こうして刈ってもらえているんですから、休みだなんて」
 休みなら休業の貼り紙を出すか、鍵をかけているだろう。
 思ったほど丁寧な仕事で、結構時間をかけて刈ってもらった。そのあと指や肩などを軽く揉んでもらった。料金は少し高い目だったが、満足のいく頭にしてもらえた。
 帰り際、ふと奥を見ると、階段がある。
「散髪屋の二階に気をつけて」という薬局の親父の言葉を思い出した。
 山田はその階段を見つめた。
「すみませんねえ、今日はお休みで」
「ああ、はいはい」
 山田は店を出た。
 駅へ戻るとき、もうこれ以上散髪など必要ないだろうと思えるような男達を数人見た。
 山田は忘れていた三軒目の薬局を探し出し、セールスをかけた。薬よりも化粧品の方が多い店だ。しかし、反応が悪く、しかも頭ごなしに断られた。それで、いやな気分になった。
 その反動ではないが、駅寄りにある最初に見付けた二階にある散髪屋の階段を上がった。
 かなり高い散髪代になったが、想像していた通りだった。
 
   了


   



 


2015年2月6日

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