小説 川崎サイト

 

妖怪ムンク

川崎ゆきお


「これは幽霊博士から聞いた話なのだがね」
 妖怪博士が幽霊博士の話を始める。聞いているのは妖怪博士付きの編集者。
「幽霊博士なので、幽霊屋敷へよく行く」
「そんなにありますか。幽霊屋敷が」
「幽霊が出る家を幽霊屋敷と呼んでいるだけじゃ」
「はい」
「その屋敷、屋敷と言ってよいほど屋敷っぽい。つまり、大きい。しかも周囲は庭木に囲まれ、いい雰囲気を醸し出している。ここはもう何も出なくても、幽霊屋敷だろ」
「それで出たのですか」
「出たから幽霊博士が訪問したのじゃよ。依頼されてな。そこには厄介者の息子が住んでおって、これが働きもしない。ずっとその屋敷に棲み着いたまま」
「引き籠もりですね」
「さあ、それはどうか、人と接するのが苦手なだけだろう。ただ、一人暮らしなので、食べに行ったり、食材を買ってきたりと、結構外に出る用事は多いらしい。外に出る用がないときは閉じ籠もっておるだけのこと」
「じゃ、引き籠もり率は用事のあるなしで決まるのですね」
「そういう話ではなく、そこに幽霊が出たので、その青年の親が依頼してきた」
「そこで幽霊博士の登場ですね」
「絵に描いたような幽霊屋敷で、そりゃもう幽霊の一つや二つは出てもおかしくない」
「それまで、その青年は気付かなかったのですか」
「空き家にしていたので物騒だし、家も傷むので親が息子に住まわせた。最近のことじゃ」
「じゃ、資産家ですねえ。そんな屋敷があるなんて」
「そうだな。親たちは駅近くのマンション住まい。まあ、先代から続くその屋敷では場所が不便なためだろう」
「じゃ、その青年が幽霊を目撃し、親に言ったのですか」
「親も子供の頃まではその屋敷に住んでいたらしい。だから、幽霊が出るようになったのは、その青年が一人住まいを始めた頃からだろう」
「それで幽霊博士の活躍は、どんな感じだったのですか」
「幽霊博士は慣れたものなので、よくある現象として処理しようとした」
「錯覚か何かなんでしょ」
「しかし、これは本物だと判断したようじゃ」
「音がするとか」
「いや、ラップではなく、姿が見える」
「青年だけではなく、幽霊博士も見たのですか」
「そうじゃ。だから、これは怖くなってきたようだ」
「青年の錯覚ではなく、二人とも見たわけですから、これは客観性がありますねえ」
「ただ、薄ぼんやりとした煙のような白いものでな。何かよく分からん」
「湯気でも立っていたんじゃ」
「温泉じゃあるまいし」
「そうですねえ」
「廊下や部屋の隅で、その白いものを何度も見たとか」
「それは本物じゃないですか」
「こういうものには原因があるはず。しかし、何十年もそんな幽霊は出ていない。だから、最近入り込んだ幽霊ではないかと博士は考えた」
「はいはい」
「それは最後まで分からずじまいだったが、幽霊はもう出なくなった」
「幽霊博士が何らかの処置をしたのですね」
「いや、幽霊博士はただただ怖がっていただけで、手柄を立てたのはその青年なんだ」
「ほう」
「青年はものすごく恐がりで、幽霊が出てからは、何を見ても怖がった。ドアを開けたときに、そこにいるのではないか、出合い頭、いきなり出るのではないかと、神経を常に尖らせていたんだ」
「その青年が解決を」
「幽霊博士もその現場を目撃している」
「じゃ、その青年がゴーストバスターなんですね」
「まあ、そうじゃが、そういう資質はない」
「じゃ、どうやって」
「博士と青年が部屋で話していた。青年はトイレに行きたくなったので、部屋から出ようとした。トイレはさっき入ったばかりなのに、これはおかしいと思ったのじゃが、そのときは冷たいお茶を何杯も飲んでいた。きっとそのせいだろうと、気にもとめずにドアを開けようとした。これは幽霊談ではよくあるのじゃが、誘われたのじゃよ」
「はい」
「それでドアを開けたとき、目の前に真っ白な顔をし、目が赤い女が立っていた」
「白いもやではなく、はっきりと見えたのですね」
「青年の髪は逆毛立ち、倍ほどの頭のボリュームになった。眼球は見開き、目玉が落ちるほど。叫び声は非常に高い高音で、いわゆる金切り声で、爪で金物をこすったときのような不快な波長じゃ。叫びすぎたため顎がはずれたのか、顔が倍ほどの長さになっていた」
「ショック死しますよ」
「それを見た幽霊は、逃げ出した」
「え」
「幽霊博士によると、青年の顔があまりにも怖かったためとか」
「ほう」
「気の弱い幽霊でよかったという話じゃ」
「それは幽霊博士の作り話じゃないのですか」
「さあ、それはどうか。幽霊博士は、その幽霊を見て腰を抜かし、さらに青年の顔を見て失神したらしいから、本当の話かもしれん」
「はい」
「私は、この青年が妖怪ではないかと思ったりした」
「何という名の」
「妖怪ムンク」
「叫んだ顔で有名な画家ですね」
「驚き、叫びすぎたため形相が変化しすぎたんじゃ」
 
   了
 

 


  


2015年2月8日

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