小説 川崎サイト

 

無気力な小用

川崎ゆきお


 無気力な日がある。大谷は気力を失った。気持ちに力が入らないのではなく、何かをやろうとする気になれないのだ。ただ、日常生活には差し障りはない。食べて寝てのふつうのことはやっていける。食べることに気力がないことを食欲がないという。食べる気がしない。ただ、大谷は食欲はある。しかし一日中食べているわけにもいかない。気力がない分、よく寝る。しかし、ずっと寝ていられるわけではない。それ以上眠れないほど寝てしまうと、寝るのが苦痛になる。食べて寝る。これだけでは一日のスケジュールは満たせない。間に何かを入れないといけない。できれば有為なことですごしたい。その条件を満たすのは仕事だろう。フリーランスの大谷はここで躓く。仕事がないのだ。
 本来やるべきことをしない場合、ぼんやりと時を過ごすことになるのだが、本当はやらなといけないことはある。しかしやる気がしない。急いでやることでもなく、特に苦情も出ないためだ。本来の仕事から目を逸らすと、ろくなことはない。無気力が余所見を誘うのだ。こういうときはその流れになり、何か買い物でもして陽気な気分になり、少しテンションを上げたいものだ。ただ、それはカンフル注射のようなもので、すぐに効果は消える。ただ、それがきっかけになり、いい流れに結びつく可能性もある。ただ、仕事をしていないので、買い物に出る気はしない。それ以前にお金がないのだ。
 それで大谷はテレビを見たり、ネット上の動画を見て過ごしていたのだが、これもすぐに消し、動画も少し見ては止め、別のを探す。それもすぐに気にくわないのか、切り替える。結局何本も見たのだが、最初のシーンだけで、終わっている。気が乗らないのだ。
 こういうときにお気に入りの楽しみを取っておくべきだったと大谷は後悔するが、そういったとっておきの楽しみは、残さないで、すぐに食べてしまっていた。
 つまり、これをやれば確実に楽しめるもの、テンションが上がり、元気になるものがないのだ。これは普段なら楽しめても、気力のないときには楽しめないことが多い。だからとっておきのものがあっても、楽しもうとする気力が萎えていると、無理かもしれない。
 食欲のないときに、ごちそうや好物を目の前にしても、あまり楽しくはない。逆に元気なときにこそ食べたいだろう。食欲がないとき、せっかくのごちそうもまずく感じるはず。
 そこで大谷が思いついたのは、妄想に耽ることだ。これは役に立たないことなので、やる気がないときでも沸かせる。本来の妄想はエネルギーが結構いる。耽ったり、沸かしたりするのだから燃料がいるし、火種もいる。
 そして、その実行のため、町に出た。歩いていても怪しまれないよう、ショッピングビルに入った。ここなら買い物をしている人に見えるだろう。テナントを冷やかすだけでもいい。どうせ買いたいものがあってもお金がないので、買えない。郊外にも百貨店のような大きなショッピングビルができており、結構人出がある。これなら都会の雑踏に紛れるのと同等だ。見知らぬ人々を見ているだけでもいい。
 喫茶店ぐらいなら入るお金はあるし、外食してもいい。ちょっとした雑貨品程度なら買える。決して無一文でうろうろしているわけではない。
 それで、珍しい果物のミックスジュースを飲み、大きい目のプリンを食べた。普段そんなものは飲まないし、食べない。これは気力がないため、何かがゆるんでいるのだろう。しかし、不思議と食欲はある。
 そして今度はふつうの喫茶店に入り、アイスコーヒーを飲む。これはただの休憩だ。しかし、入った瞬間尿意を催した。もっと早く気付くべきだったのだ。喫茶店はテナントの一つなので、その中にはない。一度出ないと駄目だろう。場所は分かっている。ただ、距離的に遠い。運ばれてきたアイスコーヒーを飲むのが先か、トイレが先かと考えた。いい感じだ。やることができた。ぼんやりとしていた頭が少しましになった。トイレが先だろう。と瞬時に判断した。
 大谷は喫茶店に鞄を置いたまま、通路に出た。鞄の中身は大したことはない。貴重品は服のポケットに入っている。
 その通路の突き当たりにトイレがあることを知っていた。ビルの表玄関ではなく、奥にあるのだ。臭い物は奥に隠す。階段の下とかだ。その突き当たりのトイレは便器が二つしかない。大の方も二つ。すべてふさがっているし、待っている人が三人もいる。
 大谷は仕方なく、別のトイレを探そうと、別の通路を進んだ。すると、どんどん寂しい場所になってくる。もうテナントはなく、左右はただの壁だ。たまにドアがあるが、オフィスとかの文字が見える。また小さなドアがあり、開くと清掃用具が入っている。しかし、通路の奥は明るい。テナントだろう。この通路が怪しいと睨んだのだが、トイレの表示がない。
 さらに進むと、右側に大きな階段が現れた。踊り場になっており、その階段の奥が怪しい。大谷は階段脇にドアがあるのを発見する。これだな、と、ドアを開けるとき気付いたのだが、トイレならトイレと表示されているはずなので、違うのかもしれない。
 駐車場にでも迷い込んだのではないかと思いながら、薄暗い場所を進むと、そこは長細い部屋だ。通路としては幅が広すぎる。さらに進むと、左右の壁の下に段差がある、それがずっと続いている。
 仕切りや便器はない。昔の便所だろうか。奥が見えないほど広い。こんな大きなトイレがあるのなら、なぜ使わないのだろう。しかし、広いというより、長細すぎる。まるで廊下だ。その突き当たりがどうなっているのかが心配になってきた。明かりは非常灯だけ。
 大谷の気力は全開。テンションも高まった。それより先に用を足した。こんなところでやって、叱られるのではないかと思いながら。
 あとで分かったのだが、そこは搬入口で。左右の溝は、ただの排水溝だった。
 無気力なときは出掛けない方が好ましい。

   了

 


 


2015年2月9日

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