小説 川崎サイト

 

胡乱堂奇談

川崎ゆきお


 大きな里の一番賑やかな通りに寝間着にどてらを羽織った男が歩いている。冬だが温泉地ではない。商人宿が一軒があるが、その浴衣ではない。その宿屋の二階から宿泊客が、その男を見ていた。
 宿泊客は旅人で、田島と宿帳には書いている。本名かどうかは分からないが、町から来た紳士だ。
 田島は急いで階段を下り、通り過ぎたその男の後を追った。
「胡乱堂様ですね」
「はあ」
「胡乱堂様ですね。お探ししました。遙々あなたを訪ねてここまで来たのですが、誰もあなたの居場所を教えてくれません」
「あ、そう」
 胡乱堂とはお堂のことだが、そんなお堂はない。里にある寺の別院だが、そこに住み着いた男の名を取って胡乱堂と呼んでいる。実はこの男、怪しいことを言いふらし、挙動も不審で胡散臭い。そこで胡乱堂と呼ぶようになった。お堂の名ではなく、この男の名なのだ。
 見るからに胡散臭い。当然里人からは相手にされないが、それでも堂守をやっている。お堂の番人。だからそのレベルの人間なのだが、ときとして意外なことを言い出し、それが当たることがある。ただし、どうでもいいよう問題に限られるが。
 その噂が大きな町にも伝わったのか、たまに奇人が相談に来る。先ほどの宿泊客田島は普通の紳士だが、そういう胡乱な人間を訪ねること事態が奇人なのだ。
「折り入ってお話があるのですが」
「ああ、そう」
「ここでは何ですので、宿の方へ」
 胡乱堂は、ここぞとばかりに飲み食いし、眠くなってきたあたりで、本題を聞いたため、よく理解できなかった。
 田島の相談とは、屋敷の障子に狐の影が通り過ぎるというものだ。その出だしを聞いただけで、あとは聞いていない。
「解決策をお教え願いたい」と田島は真面目な顔で胡乱堂を見詰めた。
 胡乱堂はどうでもいいような話だと思い、適当なことを言って誤魔化した。
 田島はその場で礼金を払い、さらに胡乱堂と一緒に胡乱堂まで行った。
 適当な話とは狐退治には狸が良いという程度のもので、魔除けの狸は胡乱堂に行けばいくらでもあった。
 実はこの別院、狸だけを独立して祭ったお堂。お堂近くには狸の置物が大小数え切れないほど並んでいる。胡乱堂はその中から小さな狸を拾い上げ、田島に渡した。これで狐を追い払えると。
 田島は町に帰り、その狸の置物を縁側に飾った。それで、もう狐が通り過ぎる影は出なくなったが、今度は狸がゆるりと歩いている影が出るようになった。
 
   了
 





2015年2月21日

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