小説 川崎サイト

 

ドアだけのドア

川崎ゆきお


 あるショッピングビルの通路にドアだけのドアがある。通路は狭い廊下のようなもので、左右にテナントが並んでいるわけではない。テナントとテナントの裏側だ。楽屋裏のような場所だがトイレや管理系の部屋などがある。
 ドアだけのドアだが、それはドアなので開く。しかしその先に空間はなく、壁だ。通路の壁とは材質が違い、そこだけ無地で白っぽい。いずれも化粧板だ。ドアの向こうはテナントで、丁度靴屋の奥に当たる。店内の奥にはそんなドアはない。
 このシッピングビルにはこういった遊びがある。吹き抜けのフードセンター、つまりセリフサービスの共同客席のある場所は二階まで吹き抜けているが、二階の壁にはテラスや窓がある。まるで二階建ての建物が並んでいるように見えるのだが、全て飾りや書き割りなのだ。
 だから、そのドアだけのドアも飾りではないかと思われるのだが、絵に描いたドアではなく、実際に開け閉めできる。
 その通路のドアと同じ形のドアで、ドアそのものは遊びはない。飾りと言うにはリアルすぎる。
 このドアは通路の中程にあり、非常階段の踊り場の前だ。そのため、階段の上り下りで、このフロアに出たとき、すぐ目の前にドアが見えることになる。階段と通路の間には頑丈な防火扉がある。それは客がいる時間帯は常に開いているので、普段は扉があることは分かりにくいが、下を見ると、仕切られている箇所にレールが走っているので、それで分かる。
 非常階段の上り下り中、通路に出る手前でこの飾りドアが見える。非常に紛らわしい。ただ、このショッピングビルでは客がドアを開けるようなことはあまりない。出入り口や手洗い所なら別だが、通路の壁沿いにあるドアだけのドアで、何の表示もされていないため、客も開ける用事がない。
 と、思って見ている人は昔のことを知らないだけで、ここができてからもう十年以上経つ。当然できたときとは内装がかなり違っているのだ。今は靴屋だが、警備の詰め所だったのだ。だから、ドアだけのドアではなく、非常階段へ直接行けるドアだった。今は地下に詰め所は移っており、靴屋が入るまでは自販機が並ぶ禁煙コーナーだった。
 別世界へ入れるドアではなかったが、今は鍵が掛けられている。間違ってドアを開け、壁に頭をぶつける人がいたからだ。
 
   了

   
  
 
 

 


2015年2月25日

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