小説 川崎サイト

 

祠と喫茶店

川崎ゆきお


 いつもの商業施設にある喫茶店が休みなので、高田は別の店を探した。喫茶店が休みなのではなく、商業施設が休みで、ここは年中無休なので、高田は毎日通っていたのだ。しかし、年に一度は施設のメンテナンスでもあるのか、その日だけは例外のようだ。今までそんなことはなかったので、余程長時間にわたるメンテナンスのようなものなのだろう。行く喫茶店が一日ぐらい消えても困るようなことはなし、また別に行く必要もなかったりするが、日課になっているため、行かないと落ち着かない。
 こういうときのために予備の喫茶店をこしらえていなかった。年中無休のためだ。開いていて当たり前なのだ。しかし例外が一年か二年に一度ぐらいはある。その日に遭遇したのだ。これは人生において大変なことになったわけではない。しかし、日頃とは違うことをするのは、何かを踏み外したり、軌道を逸したような気になる。保証されていない世界へ投げ出されるのではないかと。
 それなら部屋でコーヒーでも飲めばいいのだが、喫茶店へ行くのは気分直しのためで、コーヒーが目的ではない。
 喫茶店なら自転車で少し走れば、適当な店は複数ある。しかし、馴染みのない個人喫茶は入りにくい。ファストフード系の店もあるが、禁煙となっているのでは入れない。
 そこで思い出したのが、大きなチェーン店の喫茶店だった。これは値段が高いが、ここなら客の風通しもいいし、店に癖がない。
 その店はいつもとは反対側の道沿いにある。そちらへ向かうと辺鄙な場所になる。長閑な田園風景への入り口だ。普段は行く機会がない方角。
 高田の部屋からは細い道を通って行くことになるのだが、この小径は昔の農道で、それと並行するように幹線道路も走っているのだが、歩道のない狭い道路なので、自転車で走るのは避けていた。
 その農道と、新しくできた大きな道とが交差するところに喫茶店がある。当然昔はそんな道などなかった。田園地帯と駅とをダイレクトに結ぶ新道なのだ。だから、住宅地の中に埋まっているような喫茶店ではなく、車で来る人を意識してできた店で、そこは大きなチェーン店のため、抜かりはない。
 高田は農道が新道とぶつかるところまで来た。右側に喫茶店がある。非常に広い駐車場も見える。そして左側の角に妙な物を発見した。田圃が少しだけ残っているのだが、その角だろうか、そこに祠がある。背の低い祠で、地蔵さんでも入っているのだろう。大型犬の犬小屋よりも小さい。古そうだがカランカランと鳴らす紐が真新しく、複数の色違いの紐がぶら下がっている。お供え物などはないが、その前は綺麗に清められているのか、地面が綺麗だ。
 喫茶店は、その農道を挟んだところにある。この場所を高田は以前から知っており、喫茶店が建つまでは田圃だったところだ。
 そして高田は喫茶店に入り、日課を果たすことができたのだが、以前のことを思い出すと、田圃の中でコーヒーを飲んでいるようなものだ。
 後日談として、そんな喫茶店などなかったりする。あの地蔵の霊験、法力で、あらぬものを浮かび上がらせた……となりかねないが、そんなことは当然ない。ただコーヒーを注文してかなり立っても来ない。オーダーが通っていなかったらしい。そうなると高田の存在の方が怪しげになるのだが。
 
   了

 




2015年2月27日

小説 川崎サイト