小説 川崎サイト

 

怖い夜

川崎ゆきお


「最近朝までぐっすり眠れるようになりました。途中で目が覚めることもなく、夢も見ません。それが少し寂しく感じますがね」
「ほう、どうしてですか」
「体調のいいときは、朝までぐっすり、夢も見ない。それでいいのですが、夜中に目が覚めたときの状態も悪くないのです。それに悪夢であっても、夢を見た方が」
「しかし、その状態は体調が悪いときでしょ」
「そうです。夜中に目覚め、その後なかなか寝付けなかったりしますし、気分が悪くなって起きてくることもあります。しかし、そのときの雰囲気も悪くないのです」
「ほう」
「それはですねえ、別世界が開けたような感じなんですよ。同じ寝床だし、同じ部屋だし、同じ家だ。ですから同じ空間なんですが、趣きが違うのです」
「それは病んでいる世界でしょ」
「まあ、元気なときは、そんな時間に起きちゃきませんが、体の調子は悪くても、気持ちは病んでませんよ」
「私も熱にうなされて、悪夢を見たり、怖い夜が続いたことがありましたよ。なかなか朝にならないんです。長い長い夜でした」
「そのとき、少し違うでしょ。同じ部屋、同じ自分がそこにいるのに」
「まあ、そうですが、別世界と言うほどでもない」
「いやいや、全くの別世界なら、大変ですよ。体調なんて一気に治りますよ。それどころじゃない世界にワープしたのですからね」
「多少はありますなあ。子供の頃、腹が痛くて、二日か三日ほど布団の中にいましたよ。そのときに近いかもしれません。家族が食事をしているのですが、それを布団の中から見ている。私はお粥しか食べさせてもらえないし、一緒にテレビも見られない」
「それに近いかもしれませんが、少し趣が違います。ちょっと不自由なだけでしょ。腹が痛いとか、座るだけでも辛いとかじゃなく、少し体調が優れない程度なので、何でも食べられますし、部屋の中もうろうろできますし、外へ出て買い物にも行けます。だから、病気というほどじゃない」
「で、いったい何ですか、その別世界のようなものって」
「まだ、現実が続いているんだなあと思うようなことです」
「ほう」
「途中で目が覚めたので、現実の続きが待っている。しかし、いきなりなので、起動が遅いのです。ああそうだ、寝ていたのかと思いながら目を開ける。何時だか分からない。いま現実のどの地点にいるのかがね。それにそんな夜中用はないので、スケジュールも空白だ。やることがない。あるとすれば、休むこと。寝ること。このスケジュールから外れてしまっていることになる。それが違和感の原因だと思うわけです」
「大げさな」
「いえいえ」
「それが最近なくなったので、寂しいと」
「そうです。またすぐにしんどいときが来て、夜中に目を覚ますし、また夢も多く見ますがね」
「悪夢でもいいのですか」
「悪夢はなぜか懐かしいような、奥底に潜んでいたものと遭遇したような、そんな気持ちがして、決して悪くはないのですよ。怖いですがね。まあそれに夢は夢なんですから、覚めてしまえば消えます。現実じゃなかったって、ほっとします。このときの安堵感がたまらない。助かったと」
「どんな悪夢ですか」
「人を殺して家の何処かに隠しているんです。それがばれやしないかとひやひやしているとき、家捜しされるのです」
「夢ですからねえ」
「罪の意識と言いますか、ある日ふと、人を殺して、何処かに隠したことを思い出すのです。夢の中での話ですがね。そうだ、大変なことをしていたんだ。これは発覚するととんでもないことになるって、恐れるわけです。この場合、罪の意識じゃなく、ばれたらやばいと、自分のことで一杯一杯ですが。それに誰を殺したのかまでは夢の中では分からない」
「妙な夢ですねえ」
「ビジュアル的な怖さではなく、不安感でしょうねえ」
「そんな夢を見なくなったので、寂しいと」
「これは別世界じゃなく、自分自身の狭い奥底の世界なんでしょうなあ。意外と落ち着いたりします。また、ここに帰ってきたのだと」
「その、言い方が怖いです」
「ああ、そうですか。それとはまた別ですが、夜中いきなり目が覚めたとき、ああ、まだ自分をやっていたと思います。続きをね。これもやはり、自分というものに乗っているのだと感じたりして、悪くはないのです。眠っている間は休業中だけど、起きると営業中になる。その程度のことですがね」
「夢の話より、あなたが怖いです」
「いえいえ、私も自分が怖いです」
「人を殺したでしょ」
「殺していません。あなたの方が数段怖いこと言うじゃありませんか」
「あ、そのようで」
 
   了


   

 


2015年3月2日

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