小説 川崎サイト

 

時空旅行

川崎ゆきお


「古い記憶をたどって行きますと、いろいろなところへ行けますなあ」
「行ってますか」
「時空旅行のようなものですが、それほど滞在時間は長くはない。数秒で終わることもありますなあ。何せ、そんなに詳しく覚えていないので」
「それはどんなタイミングで」
「何がです」
「だから、時空旅行ですよ」
「現実のものを見たり考えたりしているとき、ふとオマケのように思い出します。まあ、それはぼんやりしてしまい、よろしくありませんがね」
「誰かと話しているときも、それをやっているようなことは」
「思い出話を語るときは、もう正々堂々とそれができますが、まったく関係のない眠い話を聞いていると、時空旅行へ出てしまうことがあります。これは別のことを考えている程度ですがね」
「その他には、どんなタイミングのとき旅立つのですか」
「医者の待合なんかで、連続ドラマのように、思い出の続きをやってます。何せ一時間待ちとかはざらですからねえ。冷暖房が行き届き、ソファーもそこそこいい。これは電車やバスに乗っているようなものですよ。そのまま小一時間ほど旅をしています」
「どんなところへ」
「その医者では旅行ものですなあ。今まで行ったところをできうる限り子細漏らさず思い出そうと努めます。一度思い出した場所でも、もう一度行きます。すると、前回は思い出せなかった事柄、エピソード、また、出合った宿屋の番頭さんの顔まで再現できることがあります。当然旅順も」
「旅順って、戦争で有名な戦場でしょ。旅順攻防戦。乃木大将が無謀な攻撃をして、たくさん戦死した二〇三高地。そこで児玉源太郎が来て、作戦をやり直した」
「違います。旅の行程です」
「はいはい」
「あのう」
「何ですか」
「今のがそうなんですよ」
「何が」
「旅順のこと、あなた思い出していましたよね」
「ああ、あれは日清とか日露の戦場でしょ。さすがに私は生まれていない。だから映画で見たのを思い出しただけです」
「それそれ、それをずっとボーリングして行ってみなさい。その映画、どこまで思い出せるか」
「それは難しいです。あらすじ程度は思い出せますが、全部覚えていませんよ」
「それを掘り繰り返すのです。すると一つや二つぐらい、ちょっとしたシーン程度は思い出せますよ。全部は無理ですが、その一つや二つでも、思い出せたことで、少し喜ばしいです。思い出せたってね」
「暇なことをやっておられますねえ」
「まあ、映画など、何処かに残っているでしょうが、自分の記憶は自分で掘り起こさないと出てきません。しかし、一緒に旅行に行った人達から、聞き出すこともできますよ。私は忘れたけど、あのとき、私はこんなことをやったとかね。しかし、そういう旧友などと話しているとき、偶然そんな話題にもならない限り、聞けませんがね。非常に大事なことを聞くわけじゃない。ただの思い出なんですから」
「私も暇をもてあましているとき、やってみます」
「そうですねえ、若い人でもやってますねえ」
「ほう」
「酒場で一人で飲んでいる人、何をそのとき思いながら飲んでいるか。それは謎です。きっといろいろな記憶を再現させたりしているはずですよ。それが表情に出ます」
「それは私にもあります」
「そこをもっと踏み込んで、もっともっと記憶の奥底を探るのが時空旅行なんです。それ専門に特化してその時間を持つので、掘削力はすごいですぞ」
「はいはい」
 
   了





2015年3月4日

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