小説 川崎サイト



善人悪人

川崎ゆきお



「悪は悪を知る」
「はい」
「悪い奴は相手の悪巧みを見抜ける」
「あ、はい」
「己が悪巧みをするように、相手も悪巧みをしておるように受け取る」
「はい」
「相手が善人でもじゃ」
「はあ……」
「過剰防衛じゃな」
「それで前橋様は倒されたわけですね」
「いい人じゃった前橋氏は」
「何とかならなかったのでしょうか」
「善人は善人を知る」
「はい」
「悪人は善人を知らぬ」
「それで、前橋様が悪巧みをと疑い……」
「と、言うことじゃ」
「わたくしはどちらでしょう?」
「おぬしはどちらでもない」
「はあ……」
「悪人と善人は少ない。回りを見渡せば分かること」
「凡庸ということでしょうか」
「悪人も善人も非凡じゃ」
「極端なのですね」
「極めると面妖となる。常の人ではなくなる」
「しかし、善人はよろしいのでは」
「前橋氏のように倒されてもか」
「それはぐつが悪いです」
「なまじ善人であるがゆえ、前橋氏は見えんかった。悪人の魂胆をな」
「師匠はどちらでしょう」
「わしか」
「はい」
「どちらじゃと思う」
「それは申せません」
「悪人と言いたいのだろ」
「あ、はい」
「悪人ほど知恵が働く。悪知恵じゃ」
「知恵があると悪も見えるのですね」
「従って善人は愚者じゃ」
「でも、前橋様は偉いお方でした」
「お人よし様じゃったのう」
「善人の敵は悪人でしょか?」
「天敵だろうな」
「では、悪人の天敵は?」
「大悪人だ」
「強いですねえ、悪は」
「だから悪は栄える」
「わたくしも師匠のように善人を装った悪人になりたいです」
「これっ、言い過ぎると、悪人にはなれぬぞ」
「肝に銘じます」
 
   了
 
 



          2007年1月27日
 

 

 

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