小説 川崎サイト

 

欠けた札所

川崎ゆきお


 巡礼とか、札所巡りとかがある。三十三カ所巡りなどだ。これはお寺が札所になっているが、何もない寺もある。開放されていないような寺だ。しかし、それでも長細い石碑が立っており、何々巡礼何番札所などと刻まれている。そういった巡礼は四国のお遍路さんが有名だが、別の地方には、別のオリジナルな巡礼コースがある。それらは観光地ではないので、有名ではない。四国の八十八箇所巡りは有名だ。
 それをもっと規模を落とした霊場巡りがある。寺の境内、裏庭のようなところにショートカットのように、何カ寺かに相当する石碑や、石像が立っており、わずかな時間で一気に回れるのだが、スタンプはない。これは短縮しすぎたひな形のようなもので、アイコンだけだが、そうではなく、隠れたる巡礼コースがある。札所となるものも、それなりに存在する。これは市町村規模の広さなので、狭いようでも結構広い。
「札所を見つけましてねえ。二年かかりましたよ」
「ほう」
「近く、といっても自転車で、それなりの距離にはるんですが、札場の辻って地名があります。これを私は札所と解釈しています」
「別のものでしょ」
「それは分かっています。しかし、その札場の辻周辺には怪しげな社や祠や石像や、石饅頭が多いのです。このあたり、昔は大きな街道が走っていました。今は大きな国道がその横を走っていますが、その旧街道沿いが怪しいのです。その入り口が札場の辻」
「それは巡礼の札所とは違うでしょ」
「本物の西国三十三ヵ所巡礼のお寺も三つほど近くにありますよ。密度が高いです。それじゃなく、私が発見した札所はオリジナルなんです」
「まあ、それを言い出すと、何でもありじゃないですか」
「だから、私的巡礼コースなので、私専用です。ただ、祠や社などを回っているお婆さんもいますが、それは町内規模です。私のは少し広い。歩いて朝夕参れるような場所じゃない」
「じゃ、どこを札所としているのです」
「だから、怪しそうな物体で、昔からあるようなオブジェです。祠でもいいし、お稲荷さんでもいい。地蔵盆の、顔を化粧した地蔵さんでもいい」
「自分専用なら、何でもありですからねえ。続けてください」
「そこを昼飯を食った後、一時間ほどかけて自転車で回ります。うまい回り方を考えたり、順番を変えたりと、結構創意工夫が必要なんです。だから二番札所の次が三番札所とは限らない」
「番まで付けているのですか」
「順番ですからね。しかし、その順番が日々変わる。まだ修正中のためです。都合十二ヵ所巡りとなるのですが、昨日などはあなた、一つ消えました。そこに石碑がありましてね」
「何の石碑ですか」
「道しるべだと思います。右は京とかね」
「そんなものまで入れているのですか」
「札所が足りないもので。それに古い道しるべなんて、何か有り難いものが入っているかもしれないじゃないですか」
「はい、お好きにどうぞ」
「昔は街道沿い、道の上にあったらしいのですが、移動していましてねえ。人の家の庭ですなあ。だから、石はまだあるのですが、塀ができまして、入れなくなった。まあ、その道しるべ、それほど古いものじゃないようで、レプリカでした。それで一気に有り難みが失せて、札所から外しました。それで十二ヵ所巡りじゃなく、十一ヵ所巡りになった。これは数が悪い。それで慌てて増やす決心をしました」
「勝手なことを」
「勝手放題可でしょ」
「はい、どなた様からも文句は出ないと思いますので、可能です」
「それで、新規開拓で、少し遠出して、出物を探している最中です。これは順番的に言えば、飛び地ですなあ。まあ、こう言うのはお寺じゃないとだめなんでしょうが、それじゃ限られる。それに気にくわない寺もあるんですよ。普通の家と変わらなかったり、コンクリー造りの寺もありますからなあ。それなら石饅頭の方がまだましだ」
「それで、札所巡りの目的は何ですか。かけたい願があるはずですが」
「まあ、いろいろです。日によって願い事が違います」
「じゃ、近所のお婆さんが祠を数カ所歩いて回っているのと同じじゃないですか」
「それの長距離版ですよ」
「自転車で行ける距離でしょ」
「はい、昼飯後の一時間ほどでね」
「じゃあ、頑張って札所の代わりになるような物件を見つけてください」
「はい」
 
   了


2015年3月7日

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