小説 川崎サイト

 

幽霊の正体

川崎ゆきお


 妖怪博士と幽霊博士が話している。当然異様な話だ。世間話でもいいのだが、やはり妖怪と幽霊の話になるのだろう。この二つは重なることが多い。幽霊を心霊現象や超常現象にまで広げると、もう妖怪も幽霊も一緒のようなものになる。
「日常的な道、通路ですが、普通の道です。そこに子供が立っている。近付くと怖い顔をしています。そして、こちらを大きな目で見ながら口を開け、ぎゃーと叫んだりして脅かします」と幽霊博士が語りかける。
「あ、そう」
「そうじゃなく、何か感想を、妖怪博士」
「当然幻覚でしょ」
「さらに、映画館のトイレで虫を見ます。これはオケラとゴキブリが混ざった虫で」
「え、ゴキブリとオケラを合わせたような妖怪ですかな」
「いえ、ゴキブリの群れとオケラの群れとが混ざっているのです。それが大量に出てきます。当然悲鳴を上げます。すると、人が来ます。しかし、そのときはもう虫はいない」
「当然幻覚なんでしょ、幽霊博士」
「この背景に子供の幽霊がいます。道で見たあの子供です。虫も少年幽霊の仕業です」
「じゃ幽霊が虫を発生させたわけですな。しかし他の人が駆けつけて来たときには虫は消えている。これは物理的現象じゃないですね、幽霊博士」
「柳の下の幽霊。これも説明がつきます」
「幻覚や見間違いでしょ」
「確かに脳内での出来事ですが、幻覚を起こす仕掛け人がいるのです」
「じゃ、道で見た少年の幽霊は」
「その少年が、そういう姿の幻覚が見えるように仕込んだのです」
「それが幽霊の正体」
「これはそれほど目新しい説ではないのですが、有力です。明治から此の方、幽霊は神経のなせるわざとして片付けられてきました。確かにその通りです。しかし脳内に、神経でもいいです。五感を司る箇所です。そこに働きかける何かがあるのです。それが幽霊の正体です」
「だから先ほどの場合は、その幽霊の正体は少年でしょ」
「はい、それを目撃した人は、その少年を知っていました。故人です」
「ほう」
「ですから、その少年幽霊が、少年幽霊の姿が相手の脳内に見えるように、しかも風景との境目がないように映し出したわけです。当然その少年が立っている真後ろの風景は消えます。また、椅子に座っている場合、椅子は現実のものです。そして、幽霊が腰掛けたとき、それがソファーならそれなりにへこみます。リアルです。本当にそこに体重のある人間が座っているかのように」
「繋ぎ目が見えないと」
「境目が見えないと言うより一体のものです」
「遠近両用眼鏡のような」
「その喩えは、違います。切り替えなくてもいいのです」
「それは特撮のCGのようなものですかな」
「合成ではありません。それには人がものを見るとき、どういう仕組みで見ているのかを説明しなくてはいけませんが、単純に言えば、脳の中で感じているだけです。脳が映し出したもの、もうそれは絵じゃないかもしれない。その中では現実の物体も幽霊も描画的には同じなのです。遠くなど見ていないのです。脳の中を見ているのですから」
「そこまで解明しましたか、幽霊博士」
「しかし、肝心要の、そういう信号の送り主ですね。これはやはり具体的な形はないように思えます。我々が知っている形とは違う」
「もし形が見えるとすれば、神仏と同じように、示現ですかな」
「はあ」
「だから、分かりやすい形で、そういう仏像の形で出てくる」
「ほう」
「いずれにしても幽霊博士、幽霊の見え方は分かったとしても、幽霊そのものはまだ分かりませんかな」
「僕なりの結論を言えば」
「はい、言ってください」
「気のせいの立体的なやつだと」
「まだ研究の余地が十分ありますなあ、幽霊博士」
「はい」
 
   了



2015年3月8日

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