小説 川崎サイト

 

夢のまた夢

川崎ゆきお


「一日が暇でしょ」
「いや、なんやかんやで一日が終わりますよ。早いです」
「一日、何をしているのですか。僕もやることがない隠居なので、聞いてみたかったのですよ」
「そうですなあ、これと言ってやるようなことはないので、何をして過ごせばいいのか、いろいろと試したことを覚えています」
「僕も試している最中ですよ。それなりに充実した一日としたいですからねえ。しかし、仕事はしておりませんから、メインがない。趣味を作るにしても、凝ったことはできない。多少は楽しめますが、それ以上の伸び代がないというか、興味が徐々に薄らいでいき、尻を割ります。まあ、それらのことはやらなくてもいいことなので、自分に対しての説得力もない。ケツなど割り放題ですよ。むしろ、金のかかる道楽などしてと、家の者に文句さえ言われますしね」
「家事はしないのですか」
「手伝いはたまにしますが、まあ、あまりやりたくない」
「私も最近まではそれでしたよ。余暇時間の過ごし方じゃなく、全部が全部余暇ですからなあ。だから、余暇じゃなく、余生ですよ。この余生、できれば一日一日充実したものにしたい」
「それそれ、それですよ。是非伝授願いたい」
「聞きますか」
「怪しいことじゃないでしょうなあ」
「ゲームです」
「トランプとか」
「それでもいいのですが、一人で七並べや、ババ抜きをしてみなさい、すぐにしらけてきますよ。メインにならない」
「いや、一人でできるトランプもあるでしょ。手品でもいいし」
「でも、凝った趣味はすぐに飽きるのでしょ」
「ああ、そうでした。飽きると言うより、うまくできなくなり、面白くなくなるだけですよ。で、あなたが言うゲームとは、どのような」
「テレビゲームでも何でもいい」
「古いですなあ。今は携帯ゲームやスマホのゲームでしょ」
「おお、やっておられますか」
「孫がやってます」
「パソコンはありますか」
「あります」
「使えます?」
「会社で嫌々ながら覚えて、エクセルもワードも使えますよ。パワーポイントも。でも、退職してからは使いようがない。家族にプレゼンするわけにもいきませんしね。だから誰にも見せない日記をエクセルで書いてましたがね」
「ワードじゃなく」
「はい、エクセルの方が見晴らしがいいんです。検索やソートなんかも素早いですしね」
「じゃ、パソコンのオンラインゲームがあるでしょ」
「ありますなあ」
「あれのRPGものをやり出してから、私、一日が充実するようになりました」
「え、何ですか。もう一度」
「だから、モンスターを倒してレベルアップしたり、別の町へ行ったりするやつです。どんどん強くなりますが、敵も強くなります」
「それで、一日遊んでおられると」
「最近はこれです。これですごく一日が安定しましたよ。メインができた。やることができた。やっていないクエストが溜まっていましてねえ。それを果たすため、冒険に出ないといけない。忙しいったらありゃしない」
「ほう」
「同じように冒険している人に話しかけられたり、さらに一緒に狩りをしたり、同じクエストをチームを作ってやっつけたり、この場合、モンスターが強くなります。注意が必要です。一人だと弱いモンスターも、チームで請け負ったクエストでのモンスターは強いのです。これをエリートモンスターと言ってます。雑魚キャラでもエリートなので、これがまた強い」
「もう、ついて行けませんが」
「はいはい」
「しかし、そんなバーチャルなことをやっても、何も起こらないでしょ。何も残らないし」
「一日が充実します。いい状態で冒険に出たいので健康管理にも注意するし、生活も規則正しくなります。一日の芯ができます。一本筋が通ります。おかげで、他のことをするときも、軸がしっかりとしているのでしっかりできます」
「軸のある一日ですか」
「そうです。軸は必要です」
「しかし、そんなゲームをやっても将来役立たないでしょ」
「いや、既にその将来に今いるわけですから、今が将来なんですよ」
「ああ、しかし、老後に役立つような」
「今が、老後じゃないですか」
「ああ、その最中でしたねえ」
「充実すれば、何でもいいのですよ」
「そうですなあ、いいの、見つけましたねえ、あなた」
「おかげで、一日一日しっかり生きていますよ」
「ああ、それそれ、私もそんな軸が欲しいです。バーチャルでもいいので。それにボケてきたら全部バーチャルになりそうですしね」
「難波のことも夢のまた夢」
「ああ、太閤秀吉の辞世の句ですね」
「現実も、夢のまた夢ですよ」
 
   了

 


2015年3月11日

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