小説 川崎サイト

 

手応えのない話

川崎ゆきお


 あまり反応のないようなことをやるのは苦痛だ。それが無駄なことであっても、何等かの反応、見返り、手応えがあると何とかやっていけるのだが、無反応に近いと、苦行をしているようなものだ。または瞑想かもしれない。それをやりながら、他のことを考えているようなもので、または何も考えないで、ただ頭に浮かぶことを見ている程度か。
「やはりメリットがないと、しないでしょ」
「収入とかね」
「そうそう、だから仕事をすると反応がある。手応えもある。給料日にそれが出ます。これをしないと、来月から食べていけないですから、口当たりもなくなります」
「そうですねえ、有意義なことをしなくては」
「そうです。そうです。しかし私もお宅も、それがない」
「はい、そうなんです。だから、せめて手応えのあることをしていきたい。ボランティアでもいい」
「私はそういうのは嫌ですねえ。何かしたのに、報酬がないでは」
「確かにそうです。でも、他に報酬を得る道がなければ、まあ、仕方がないでしょ。働き口があるならボランティアなんてしないですよ」
「そんなボランティアの話じゃなく、手応え、反応が欲しのいです」
「自己新記録を出すとかはどうです」
「それ、誰かに誇れますか」
「え」
「だから、自慢できますか」
「いや、それほど特出したものじゃないので」
「やはり、反応は他人様からの評価でしょ。または、何かをすることで、誰かに影響を与え、アクションを起こさせるとかです。自分一人の世界だけじゃ、手応えや反応とは言えません」
「確かにそうですねえ。一人でチャンバラごっこをやっているようなものです」
「何かありませんか」
「他人様が反応してくれるようなことですか」
「そうです」
「自慢したいとか」
「それもいいですが、あまり自慢できるようなものがなくて」
「そうですねえ。細かい話でなら自慢できそうなことがありますが、まあ、評価されるようなものじゃない。人より優れていても、その事柄自体、殆ど評価されないのなら、自慢にも何もならない。やはり、他人様からの評価が欲しいと」
「はいはい、褒めてもらったりとかです」
「ううん」
「どうかしましたか」
「その路線ですとね。褒め続けられるようなことをし続けないとだめなんです。これもまた苦行なんですよ」
「はあ」
「善人の振りをして、褒められた。感謝された。親切な人として評価されてしまいますと、不親切ができなくなる。これは苦行ですよ」
「ほう」
「だから、あまり手応えもなく、反応もないことでも、コツコツと地味にやっている方がまだしも、ましだ。同じ苦行ですが、こちらこそは本当の苦行で、もう行者ですよ。誰かのためでもなく、自分のためでもない。ボケているわけじゃないですが、無反応を気にせず、それを心の支えなんぞにはせず、ただただ淡々とやる」
「できてますか、あなた」
「できておりません。やはり反応が欲しいです」
「そうでしょ」
「仰るとおり、しかし、他に反応が期待できるものがなければ、そんなことでもやっているしかないでしょ」
「それを枯淡の境地と申すのでしょうか」
「枯れ木は折れやすいので、だめです。やはり生木でないと」
「枯れ木は死んでいるのですな」
「そうです」
「しかし、反応が欲しいですなあ」
「反応がないと言うことが反応です」
「なるほど、あったんだ。反応が」
「手応えも、あってもなくても、手応えでしょ」
「僕も、何とか誤魔化してみます」
「そうなさい。これもまたやり出すといいものですよ」
「反応のないことをやり続けることがですか」
「そうです。味が徐々に出てくる」
「ほう」
「まあ、無反応地帯を奥深く進めば、それが見えてきますぞ」
「参考にしますが、解ではありませんなあ」
「仰るとおり」
 
   了


 


2015年3月13日

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