小説 川崎サイト

 

入らずの山

川崎ゆきお


 もう十分な片田舎なのだが、さらに奥の八村と呼ばれている村々が、入り組んだ谷間に散在している。その一番奥の村にある入らずの山の話だ。入ってはいけない、立ち入ってはいけない。登ってはいけない山がある。昔はこういった神山は多くあったが、今は標高の高い名山ほど、登る人が多い。
 その村の神山は、どれが神山なのかが分からないほど、近くの山と溶け込んでいる。ただ、この山だけは植林されていないらしく、原生林のまま残っているため、色目が少し違う。
 山の持ち主は代々この村の有力者で、村の規模は小さいが山林は多い。奥の八村のどん詰まりにあるため、人の往来は殆どない。
 入らずの山の登り口に神社がある。ここは村の鎮守の神様ではなく、彦姫を祭っている。由来、縁起は不詳。その神社は門番のようなもので、神社の裏に門があり、それが神山への登り口だ。そこからの標高は二百メートル程度。ポツンとある小山だ。
 そうやって登り口を見張っていても、山は山なので、何処からでも入り込める。村人達は、ここは元村長で、村のヌシのような家の持山のため、入り込むようなことはない。神罰より、地主の方が怖いためだ。
 今は奥の八か村を一つの村としたため、村長はこの村にはもういないが、村のヌシであることには変わりはない。
 当然時代が新しくなるに従い、入らずの山のタブーもいい加減なものとなってしまったが、それでも村人は誰一人、そこには入らない。用事がないためだろう。
 また、彦神神社に常駐している門番も、もう意味が薄れたため、一人暮しの老婆が棲み着いているだけ。
 止め婆と呼ばれる存在で、旅人などが登ろうとすると、ここに入ってはなりませぬ。祟りますぞ。などと言う役だ。しかし、この老婆、そう言うセリフは村の悪童が入り込んだとき、二回か三回言った程度だ。ここ何十年は、誰も立ち入っていないが、この老婆や、村のヌシの者は冬と夏は必ず入山し、頂上で何やら儀式を行っている。これも今の代になると、何かよく分からないものとなっているのだが、この山を守ることが代々伝えられているため、守るしかない。そうでないと親戚縁者がうるさい。
 この入らずの山、いったい何だろうかと村のヌシの縁者の中でも、好奇心を起こす青年がいて、調べたようだ。
 ただ、結果は明かせなかったらしい。入らずと共に言わずの山のようになった。青年は二度とそれを口にしなくなっている。
 その実体は山そのものがお墓のようなもので、かなりのの人が葬られている。もっと言えば埋められたのだ。頂上に祠があり、地蔵さんがいる。それ以外、種も仕掛けもないのだが、昔は寺と神社の区別はあまりなかった。神は祭るもので、お墓とは無縁。しかし、そこはお墓なので、地蔵さんの祠が建っている。成仏できるように。
 この入らずの山は、死体の捨て場所だったようで、謎のように消えた行方不明者の多くは、ここに埋められたようだ。急死や急に消えた人を行方不明者と呼んでいた。本人の意志ではなく。そう言うことが頻繁にあった時代は集中していたようだ。埋められた人は、この村の人ではなく、他村や他国の人々だが、身分の高い武家や貴族も含まれている。これはこの村のヌシの家系に関わることで、ある種の請負業を裏でやっていたのだろう。それが分かってしまい、調べていた青年も、そこで息を呑んでしまった。
 これは発掘すれば分かるが、一箇所に埋葬したのではなく、山のあちらこちらに穴を掘り、そこに埋めたようだ。当然墓標などはない。埋めて隠したのだから。
 それを神山とし、入ると神の祟りがあると、適当なことを言ったのだが、実際に異変は起こっている。入山しなくても、山に明かりが見えるとか、妙な声が聞こえたとかだ。これは夜中にこっそり埋めていたのかもしれないし、またはそこに埋められた人々の怨霊が起こす怪異だったのかもしれない。
 
   了




2015年3月14日

小説 川崎サイト