小説 川崎サイト



予言者

川崎ゆきお



 何でもないことから重大な問題が起こる。上原の予感はよく当たっていた。
 何でもないこととは、それが問題を引き起こす火種や、きっかけとなるスイッチのことだ。そんなスイッチが具体的にあるわけではない。オンかオフかの切り替えは手動ではなく、自動で入る。任意ではないだけに気付かないのだ。
 しかし災いには原因がある。発火してもよいだけの火種があり、燃えるものがあるのだ。
 上原はそれを予測出来るらしい。すぐに気が付き、同僚に伝えた。
「こんなことが……」
 と、同僚は相手にしなかったが、上原の言う通りのトラブルが発生した。
 最初は偶然かと思えた。
 同僚が添付ファイルとして送るファイルのファイル名が似ていることで、間違ったファイルを送ってしまった。まだ企画中の内部ファイルだ。
「どうして俺が間違ったファイルを送ると思ったの?」
「ファイル名が似ているから、間違わないかなあと思っただけだよ。内部ファイルが同じフォルダに入っているのが問題で、防げた事故ですよ」
「それはそうだけど、なぜ俺が間違うと思ったの?」
「間違いやすい状態だから、間違わないように言っただけですよ」
「いや、俺はこんなミスをしたのは初めてだ。いつも注意してるのに。それに君からも注意されたし、間違うはずはないんだけど」
 上原は他の同僚にも予言めいたことを言っている。どれも当たっているのだ。
 しかし、上原に予知能力があったわけではない。トラブルのスイッチを見つけるのがうまいだけなのだ。
 だが、上原が言ったことが、後で現実に起こる。これは予言だと社内で評判になった。
 上原は面食らった。それこそありえない呼ばれ方で、予言者でも何でもないことは彼が一番よく知っていた。当たり前のことを言っているだけなのだ。
 社長は上原の評判を聞き、呼び出した。
「君は一言道士じゃ、君の一言で社運が決まるやもしれん。何か一言言ってくれ」
 上原は社長室を観察した。立派な額縁に値打ちのありそうな絵が飾ってある。
「この絵は贋作かもしれません」
「どうして、そんなことが分かる。君は絵が分かるのかね」
「分かりませんが、贋作である可能性も考慮すべきだと思っただけです」
 社長は鑑定に出した。結果は贋作だった。
 上原は社長秘書を命じられた。
 しかし、社運は開けなかった。トラブルを予測するだけでは攻めの戦力にはならなかったからだ。
 
   了
 
 



          2007年1月28日
 

 

 

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