小説 川崎サイト

 

二階の神

川崎ゆきお


 村埜老人は郊外の借家へ引っ越した。一戸建ての家が点在する静かな場所だ。退職したため狭苦しい市街地で住むより、緑の多いこの場所が気に入ったのだ。公園などなくても、田圃もあり、里山がすぐそこに迫っている。そこにはベンチもあり、小さな社や祠が土地に根を張ったように立っている。
 それほど豊かな暮らしではないが、駅近くにある住処を売ったため、多少の余裕はある。もう駅から都心部へ用事や仕事で出るようなことはなくなったので、郊外へ引っ込んだのだ。それとは別に、村埜の友人などは逆に駅のどん前にあるマンションに越している。そちらのほうが何かと便利らしい。
 その借家へ引っ越してから、残り少ない蓄えで、投資などをして、小銭を稼ごうとしていた。元々金融関係に勤めていたので、少しは知識はある。
 それが上手く行き、いい収入源になった。それは誰もが夢見ることなのだが、こういうのは一方的に上手く行くわけがない。何処かで損をするのだが、不思議とそれがない。ただ、元手はそれほどないので、大きな儲けにはならない。それでも最近は裕福な暮らしになっていた。理想的だ。
 その村埜氏が妙な人の元へ相談に行った。この土地の神社の神主だが、占いなどもやる人だ。また、この人のお祓いは効くようで、儀式だけのお祓いではなく、個人的なお祓いもやっている。西洋で言えば悪魔払いだろうか。日本では憑き物落とし。
 村埜氏が訪問したのは投資の話ではなく、二階の話だった。
「二階ですかな」
「はい。二階はいらないのですが、借家が二階建てでして。それは、まあいいのですが、何かいるんです」
「はいはい。それでこちらへ」
「はい、特に怖くはないし、危害はないのですが、ガサコソと夜中でも昼間でも音がするのです。二階へ上がると、何もない。たまに雨戸を開けて風通しをよくする程度です。何もない部屋が二間あります。六畳と四畳半です。ものは何も置いていません」
「はいはい」
「分かりますか?」
「続けてください」
「私がいるときには滅多に音はしません。気配を殺しているんでしょうか。外から帰ったとき、物音がします。何か急いで隠れたように。下には出ません。二階です。また、夜中目が覚めたときにも、気配がします」
「何か動物が入り込んでいるような感じですなあ」
「いますか、この辺に」
「アライグマや、イタチとか、結構いますよ」
「狸は」
「さあ、それは見掛けませんが、猪は少し山に入ればいます」
「そう言う動物でしょうか」
「あれがいるのでしょう」
「あ、あれ」
「はい、前にも出ました。それは退治したり祓う必要はありません」
「そうなんですか」
「いいことが続いていませんか?」
 村埜氏はここに越してきてから投資が上手く行っていることを思いだしたが、それは言わなかった。
「あれって、何ですか」
「神様ですよ」
「ああ」
「うちの社殿なんかより、あなたが住んでおられる借家の二階がお気に入りのようでしてね。ずっと空き家だったので、静かでいいんでしょ」
「そんな話、ありますか」
「あります。いいことが続いているでしょ」
「ああ、まあ」
「だから、その人達を追い払っちゃだめです。知らぬ顔をしておきなさい。怖いものではありませんが、その実体を見たら肝を潰すかもしれませんから、見ないように」
「その神様は見えるのですか」
「同じことがありました。見た人がいました。すぐに出ていきました」
「じゃ、見ないようにします」
「そして、二階は神様達のお部屋にして、あまり近付かないようにしなさい」
「風通しで、たまに」
「必要ないでしょ。あの人達が適当に開け閉めしていますから」
 その後も村埜氏の投資は順調で、小銭を稼ぎ続けた。運をもたらす神様なのかもしれない。
 ただ、それで財を成すほどの儲けにはならないので、小市民的神様なのだろう。
 
   了




2015年3月16日

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