小説 川崎サイト

 

暖かい雨

川崎ゆきお


 春先の長雨が続いている。仕事で郊外に来た竹中は、昼を食べようと適当な店を見付けた。ドアノブが濡れている。それを回すとき、生温かい。温水かと思うほどだ。もう水は温んでいるのだ。だから、温かい温水のような雨なのかもしれない。
 入った店は喫茶店らしかったが、表に出ていた日替わり定食が目的だ。ご飯が食べたかったのだ。店屋はどこでもいい。それにこんな郊外の鄙びた町なので、値段も高くはないはずだ。せっかくの昼休みなので、ゆっくりしたい。定食を食べたあと、喫茶店なのでコーヒーも飲め、そこで時間まで過ごすつもりだった。
 出て来た定食はミックスフライ定食で、これは幸運だった。日替わりなので、選べない。食べたかったものが出てきたので、竹中は満足を得た。何か調子が良さそうだが、実際には、今日は仕事をしたくなかった。朝、寝足りなかったこともある。それに雨も降っていた。帰れば、足りなかった分を取り返すため、すぐに寝ようと考えていたのだが、昼前には、もうその気は薄らいでいた。楽しみにしていたのは昼ご飯で、帰ってからのことではない。今はイカや白身魚のフライを食べながら、早く食べ終えてコーヒーが飲みたいと考えている。最初の一口二口は夢中で食べたが、半ばになると、飽きてきた。早く食べきりたかった。レンコンのフライを最後まで残した。好きなものを先に食べてしまったので、レンコンは義理で食べる感じとなる。一口噛むが硬い。あらかじめ湯がいておかなかったのかもしれないし、また、安いレンコンなのか、そういう産なのかは分からないが、もちっとしたレンコンを期待していたのだが、外れていた。しかし、ミックスフライそのものは大当たりなので、文句は言わない。パーフェクトに満足を得られるものなど、滅多にないからだ。
 皿を空にすると、すぐに店の人、これは夫婦の片割れだろうが、どちらが男女か分かりにくい。おそらく奥さんの方だと思うが、男にも見える。カウンターの奥にいるのが夫の方だと思えるが、これも女性だと言われると、そう見えないことはない。男服、女服の違いが分かりにくいためだろう。空き皿が片付けられ、すぐにコーヒーがやってきた。
 これを飲んでしまうと、全ての楽しみを失う。昼休みも終わるので、また作業に戻らないといけない。次の陸地を探す必要がある。島だ。仕事中は海の中にいるようなもので、早く休憩したいのだ。始める前からもう休憩について考えている。次は三時のおやつだ。これは与えられた休憩時間なので、大いばりで休めるが、時間が短い。小さな島だ。
 雨はまだ降っている。幸い仕事は屋内なので、雨とは関係がない。だから、雨が降っても休みにはならない。雨で気が削がれるだけのことで、だから、雨の日に仕事をやるのは苦手だ。それだけに楽しみを何とか見出そうとしていた。ただ、そんな創意工夫など竹中にはない。
 それで、仕事が終わってから、何をしようかと考えた。夕方に仕事を終えたとしても遠い場所まで来たので、帰れば夜になっているだろう。だから、途中の駅で降りて遊ぶには時間が限られている。すんなり帰った方がましだ。
 あと五分で戻らないといけない。コーヒーは既に飲み終え、お冷やを飲んでいる。手にしている漫画雑誌も椅子に置く。もう少しゆっくりしたいのだ。読み続けると、あっという間に時間が過ぎる。だから、何もしないで、小さな窓の外を眺めることにした。何もしていないときの方が時間が経つのが遅い。最後の五分はこれで倍ほど膨らむかもしれない。
 暖かい春の雨が温水のように降っている。田村は次の楽しみ、つまり島が見付けられないまま、雨を見続けている。しかし、意外と五分は速く、三分ぐらいだった。時間は膨らまなかったようだ。
 
   了






2015年3月23日

小説 川崎サイト