小説 川崎サイト

 

桜が怖い

川崎ゆきお


 春先になると虫も蠢き出すが、人も蠢き出す。また、季節の変わり目、気が触れる人もいたらしい。柴田はそんな人の噂を聞いたことがないので、実感はないが、桜の咲く頃や木の芽時にややこしいことをする人がいたようだ。これは陽気につられてのことだろうか。
 陰の気では気は触れないが、陽の気では触れるらしい。木の芽を食べると精力が付き、のぼせることがある。これが原因ではないかと柴田は邪推する。そして桜が一番いけないと。これは何かの小説か映画か、または誰かが何処かで言ったり書いていたことで知った。桜は縁起が悪いと。桜の精力は下に埋められた死体から栄養素を吸い取ったものだとも。すると、桜は吸血鬼。いや、木なので、吸血木だろう。血を吸う植物。それは何かで読んだことがある。想像できそうなことのため、誰かが適当な嘘を言ったのかもしれないし、また、実際そんな植物、これは木ではないと思うが、生えていたのかもしれない。虫を食べてしまう花などもこの類だ。
 柴田が桜を見ると陰鬱な気になるのは、そんな話を知ってからではなく、いつの間にかそう思うようになっていた。桜アレルギーかもしれない。だから花見など以ての外だ。桜を見ただけでもぞっとする。通りを歩いているとき、桜を見てしまうこともあるが、出来るだけ桜並木を通らないようにしている。これは散って葉桜になれば問題はない。だから僅かな期間だけだ。もし満開の桜の下で長時間いれば、発狂するかもしれない。その怖さ、恐れの原因は分からない。
 だが、梅はいい。ただ、梅でも白梅はだめだ。桜が気味が悪いのは白っぽいためだ。決して桜色ではない。ピンク色ではないのだ。雪のように白いのだ。だから濃い色の赤みの多い桜なら耐えられる。
 春先気が触れる人がいるという噂に、少しだけ納得するとすれば、その人は桜が原因ではないかと柴田は想像している。これは自分がそうだから、同病人も、やはりそうではないかと。ただ、噂だけで、それで発狂した人など知らない。だから、嘘だろう。ただ、その直前まで行った人は多いに違いない。これは陽の病だ。陰に触れると治る。
 気が乗じすぎて、臨界点を超え、それで切れる。柴田はその臨界点近くまでよく行く。ここは今で言えば躁の世界だろう。はしゃぎすぎなのだ。これは子供が遊びに熱中し、とんでもない声を上げるのに似ている。興奮しすぎなのだ。柴田も子供の頃、何度かその臨界点近くまで行ったことがある。そこは愉快な世界なのだが、度が過ぎる。笑いすぎて、笑い死にすることはないが、それに近い。体がそのテンションについて来れなくなるのだ。神経や血管が。
 柴田が桜を怖がるのは、盛りあがりすぎるためかもしれない。陽の気で充満し、行きすぎてしまうためだ。
 桜の根元に埋められた死体。その養分を吸い取るのは喩えで、実際には桜は人に気を与えているのか、吸い取っているのかは分からない。陽気な気になるのは、気が充満しているときだけとは限らない。気が全て抜け落ちたとき、そこからの方が逆に怖い動きとなる。腹が減りすぎたような状態だ。
 どちらにしても原因は分からない。ただただ、桜を見ると柴田は気色悪くなる。
 実際には桜花粉アレルギーかもしれない。
 
   了





2015年3月24日

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