小説 川崎サイト

 

蛸の魔獣

川崎ゆきお


 殿山はスキンヘッドで耳が非常に大きく、尖っている。若い同僚がエルフだとあだ名した。しかし体型はドワーフだ。
 電話を受けた殿山は制服に着替え、スクーターに乗った。交通整理の仕事だ。殿山は非番と言うより、数日お呼びがなかった。今回は少し山に入った現場なので、駅からも遠い。他の人は断ったのかもしれない。偶然殿山はその山に近いところに住んでいるので、お呼びがかかったのだろう。現場まではいつもスクーターで行く。
 現場に着いた頃は、立入り禁止とか、円錐帽に渡したポールで策できており、見慣れないワゴン車、キャンピングカーか、マイクロバスか何か分かりにくい車両が止まっていた。崖沿いの余地のような場所だ。崖崩れが起こりそうなので、その工事かもしれない。車に詳しい殿山でも車種が特定できなかった。
 しかしその崖の下が現場ではないらしく、その脇の小径が封鎖されていた。工事現場は、その小径の奥だろうか。何の工事かは分からないが、殿山はとりあえずワゴン車の横にスクーターを止め、小径の前に立った。ワゴン車の他に、見慣れぬ車、丁度コンビの配達車か、ピザの三輪スクーターほどの車が出たり入ったりしている。そのとき崖沿いの道路にはみ出るためか、その交通整理だろう。終了は分からないと電話で言われた。
 制服らしい服装の男女が、出たり入ったりしている。奥に何やら洞窟でもあるらしいことが、漏れ聞こえてくる。
「何ですか」
 殿山は、ワゴン車の横で腕組みしているリーダーらしき男に聞いた。派手な制服で、首にマフラーがある。
「出たようなので」
「出た」
「悪魔です」
 殿山は意味が分からない。何かの符丁だと思った。業界用語だ。
 やがて、背の高い青年と胸元や太もも丸出しの女が戻ってきた。二人とも、何かのアトラクションにでも出ていたような扮装だ。青年は長い銃器のようなものを持っており、女性隊員はヘッドフォンを当て、何かのモニターを見ている。
「光線攻撃が効かない。周波を変えましょうか」
「だめだ。種類を変えても効かない」
「中に何か?」殿山はまた、聞いた。
「おじさんは黙って」
「ああ、はいはい」
 紫電攻撃がどうの、低周波砲がどうのと、訳の分からないことを言っている。どうやら攻撃中のようで、洞窟の中に何かいるのだ。リーダーが言っていた悪魔だろうか。
 つまり、このチームはこのタイプの特殊部隊のようだ。モンスターが洞窟内に潜んでいると通報を受け、駆けつけたのだろう。しかし、なかなか退治できないらしい。
「どんな野郎だい」また、殿山が聞く。
「黙って」
「ああ、はいはい」
 しかし、セキュリティが甘いのか、他の隊員や、ワゴン車からも、色々と聞こえてくる。
 どうやら蛸に似たモンスターのようで、洞窟の奥に生えたらしい。足が根の役割をしているらしく、へばりついて離れない。蛸は西洋では悪魔云々と言うらしい。オクトパスだ。さらに目から何やら光線を出す、口からも黒いガスを出す。それが危険なので、うかつに近付けないらしい。感光板を使い、どんな種類の危害を受けるのか、女性隊員が調べているが、ワゴン車内でのデーターでも、解析できないようだ。
「要は退治すればいいんだろ」
 殿山は、嬉しそうに話し掛ける。
「交通整理に戻って」
「ああ、はいはい。しかし、誰も入って来んですよ」
 そのあと数時間睨み合いが続き、特殊部隊は総攻撃を加えた。悪魔系なら十字砲や聖水放水が効くことが分かっているが、どの攻撃にも蛸はびくともしない。
 そういった特殊兵器は、先ほどのコンビニの配達車なのだが、それが出たり入ったりするときに、一応殿山は交通整理をした。
「日が暮れます。こいつは夜行性だから、出て来ますよ」
 しかし、魔獣専門の特殊部隊でも、手の打ちようがなかった。
「じゃ、わしがやってあげますよ」殿山が言う。
 今度は、おじさん黙って、とは言われなかった。
 殿山は誰かが忘れていったのか、錆びかけたツルハシが落ちていたので、それを手にし、奥へ入って行った。元々は土木作業員だったのだが、足をいわし、交通整理に回っている。
 しかし、昔はツルハシの殿やんと言われるほど、それを振り回せば天下一品だった。殆ど力をを入れないで、壁をたたき壊した。名人なのだ。
 数分後、殿山はツルハシ片手に戻ってきた。
「潰しましたわ」と報告。
「え」
「だから、たたきつぶしてタコブツにしたりましたわ」
 このモンスター、極めて単純な物理攻撃に弱かったようだ。
 
   了


 


2015年3月31日

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