小説 川崎サイト

 

桜垣

川崎ゆきお


 村の外れの里山に少し平らな場所がある。細い坂道を少し登らないと行けないが、舗装されていない山道で、登り切ると山や崖に挟まれ、行き止まりとなる。殆ど人が入り込まない場所だが、山桜が咲いており、これは人が植えたものらしく、かなりの本数だ。また、お盆のような平台を取り囲むように植わっている。山城跡ではない。
 里山歩きが好きな三島は、そこで行き止まりになったので、引き返そうとすると、山際に黒い塊がある。熊ではないかと思ったのだが、老婆の尻だった。未だにモンペをはいており、それが黒い。山菜採りに来たのだろうか。竹籠もある。
「行き止まりですか」
「そうよな」
「桜が満開ですよ。桜の名所じゃないのですか、ここは」
 三島は言ったものの、交通の便は悪いし、他に見るような場所もないので、村の人達が見に来る程度だろう。しかし、よく晴れた日で、しかも桜が満開近いのに、誰もいない。
「昔はのう」と、老婆は笑う。
 人の笑い方には色々あり、どういう意味で笑っているのかにより、受け取り方が違う。しかし、この老婆、しわくちゃなので、その笑顔から心情を読み取りにくい。楽しげに笑っているのか、苦笑なのか、馬鹿にしたような笑いなのか、判別できない。
「桜が見事ですよ」
「はい、狐の花見で賑わったこともありましたがな」
「狐の花見?」
「若い人専用じゃ」
 これで、カンのいい青年なら意味が分かったかもしれないが、三島は分からない。そういう行事があるのだろう程度だ。しかし初耳だ。狐の嫁入りは聞いたことはあるが、まさか……」
 老婆は狐と言うより、狸に近い顔をしている。
「狐がここで花見をするのですか」
「ホホホ、そうじゃな、昔はな。今は若い人はもう村にはおらんから、狐の花見もナシじゃ。わしがまだ娘の頃やったかのう。それが最後」
「どんな花見です。若い人だけしか参加できない花見とは」
 三島は、何となく意味が分かってきた。
「いや、近在の後家さんも来ておりましたぞ」
 三島は山桜を見た。ここの桜は他の桜より、ピンク色が濃かった。
 
   了




2015年4月3日

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